【文スト】空から落ちた薄倖美人３

皆が慕うあの子の話。 ページ10

薄明るかった館内の明かりが落ちる。刹那、舞台を照らす眩しいほどの光が着いた。そこに一つの影。


『谷川だ。』


スーツを綺麗に着こなし、群勢と同じように目元を隠す仮面を付けた谷川がそこに立っていた。太宰達に確かな緊張が走る。


「紳士淑女の皆様。大変長らくお待たせ致しました。
名品珍品集うオークションはあれど、人間を競るオークションは此処だけ。皆様の手に有意義なものが行き渡ることを願います。
ご紹介が遅れました。司会、並びにオークショニアを努めさせていただきます谷川俊太郎で御座います。お見知り置きを。」


ゆったりと美しい動作で頭を垂れる谷川。刹那会場を轟かす拍手が響いた。
谷川は満足そうに口元に笑みを浮かべる。


「おい太宰。」


不意に中也が隣の太宰を呼ぶ。その声に太宰は億劫ながらも言葉を返した。お互い顔を合わせれば下らない口論になることは理解している。だからこそ先程まで何も話さす大人しくしていたというのに。
中也のなんとも言えない雰囲気に太宰は黙って次の言葉を待つ。


「Aの様態が崩れて医務室で介抱されてる時、一度彼奴のところに行ったんだ。
そん時…彼奴に云ったんだ。此処にいろ、何処にも行くなって。それにAは何も云わずに何かに耐えてるみたいだった。」


太宰は何の脈絡もない中也の言葉を聴きながら黙って舞台で紳士のように振る舞う谷川の様子を見つめ思い出す。Aに生きることを諦めたときの話を聞いたときに、ただ黙って孤独を押し込め疲れたように笑うその姿を。
結局、Aはそうなのだろう。誰も傷付けられず、憎めずにいる。


「Aちゃんは誰よりも優しく、誰よりも愚かで弱い。なのに頑固だから悩まされるよ。」

「Aは目を離すと消えちまいそうなんだよ。」

「不愉快だけど、その通りだね。」


脳裏に刻まれたAの柔和な笑みを思い浮かべる。
Aが救済を待つというなら、私がその手を差し伸べよう。そして何時かAに、待ち望んだ自由を。
太宰はため息をついて蓬髪を掻き毟る。


「限りなく気は進まないけど、今回はAが絡んでいるからそうも言ってられない。
中也、頼んだよ。」

「ハッ、手前に云わなくてもやってやるよ。」


中也は口角を釣り上げ笑った。

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