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156.御方 ページ8

「それは本当でしょうか?」

丁寧な言葉づかいだが、それだけでは(うやま)う心が足りない御方(おかた)に壬氏は言った。美髯(びぜん)をたくわえた壮年(そうねん)の君は、ゆっくりと頷く。

場所は、宮廷のとある宮。小さな造りだが、周りの見通しがよく(ねずみ)一匹忍び込むことはできまい。玻璃(はり)の器に葡萄酒(ワイン)手酌(てじゃく)で注ぎ、ゆっくりと象牙飾りのついた長椅子に横たわる君。この国で誰よりも尊き方と同席をする壬氏は、それでいて非常にゆったりとくつろいでいた。さきほどまでは。

帝は美髯を撫でながらにやりと笑う。食えない、そんな言葉が似合うと言えば非礼にあたるだろうか、だがそれがとてもよく似合う、決して勝てない御方なのである。
 
「さあてどうする? (ちん)の花の園を手入れする庭師であろう、おまえは」

いかにも挑発するような物言いに壬氏は、苦笑いを浮かべたくなった。しかし、そこにあるのは、誰もが(とろ)けると言われる天女の笑みだろう。皮肉なものである、本当に自分が欲しいものはなかなか手に入らないというのに。そう、どんなに努力しようとも優にはなれど秀にはなれぬ、所詮は凡人に毛が生えた程度のものなのに、外見だけは誰よりも優れたものがついてきたのだから。

知も武も秀才の域を出ないのであれば、他の秀でたものを利用しようと。結果、壬氏は美しき後宮管理官として存在している。甘い眼差し、甘い声、男として過剰すぎるそれをいくらでも利用しようではないか。

「御心のままに」

たおやかでかつしたたかな笑みを浮かべて壬氏は、帝に礼をする。

やれるものならやってみろ、と帝は葡萄酒を口に含んで笑っているようだった。
わかっている、壬氏など所詮は子どもに過ぎない。そして帝の大きな手のひらの上であがいているに過ぎない。

なんだってやってやる。

壬氏は、無茶な帝の願いを聞き届けなくてはならなかった。それが、壬氏の仕事であり、同時に帝との賭けでもあった。
賭けに勝たなくてはならなかった。それが、壬氏が自分の道を選ぶ唯一の方法だ。他に方法はあるかもしれない、だが凡人である壬氏にはその方法が思い浮かばない。

ゆえに今の道を選んでいる。

壬氏は、(さかずき)を口に含むと、甘い果実酒(かじつしゅ)で喉を潤した。
その顔に、麗しき天女の笑みを浮かべて。

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佐倉(プロフ) - しずくさん» ありがとうございます…!!モチベいただきました!!‬т т (2月23日 22時) (レス) id: b1ac26aba9 (このIDを非表示/違反報告)
しずく(プロフ) - 最近薬屋のひとりごとハマったのでとても更新楽しみですー!頑張ってくださいー!!! (2月19日 4時) (レス) @page17 id: 4b943a174f (このIDを非表示/違反報告)
佐倉(プロフ) - マラカスさん» 教えて下さりありがとうございます。すみません。 (12月21日 18時) (レス) id: b1ac26aba9 (このIDを非表示/違反報告)
マラカス(プロフ) - オリジナル作品ついてます (12月21日 15時) (レス) @page7 id: 66680d8fcb (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:佐倉 | 作成日時:2023年12月21日 7時

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