サーカス団員は隙だらけ (ページ26)

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想起ってなにページ26

鏡舎で別れる際、最後はともかく楽しかったのは事実なので、今日楽しかったことを目一杯伝えると

「わかってるって。つーかハズいからやめろよ」

『照れんなよォ』

「照れてねーし」

『…次行くときはこれ着るねェ』

「…そーかよ。じゃ、また明日」

相変わらず飄々としたテンションでエースは寮に帰っていった。

僕も鏡を通って寮に帰った。途中会った顔見知りのセンパイに軽い挨拶もして、誰もいない自室に辿り着いて

全身から力が抜けるのを感じた。

さっきと同じように呼吸が乱れ、またドクドクと心臓が早鐘を打つ。

ドバッと冷や汗が流れ、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

何でアイツがいた？あそこに住んでるのか？それともただの観光？

どの道ダメだ、薔薇の王国には二度と行けない。

もしエースが引っ張ってくれなかったら、もしヤツに気付かれていたら、もし手首を掴んだのがヤツだったら、もしあのとき連れていかれたら、

またあの薄汚くて暗くて冷たくて孤独で狭くて血生臭い、檻の中に入れられてしまっただろう。

大丈夫、捕まってない。ここは学校だ、"僕"を知ってる人は誰もいない。

ほとんど這いつくばるようにベッドの脇、部屋の隅に行き、膝を抱え込んで耳を塞いだ。

___グズグズすんな！！とっととやれ！！___

___こりゃ良いぜ、また見せてくれよ___

___ほら、早く死.ねよ___

黙れ、お前らだって同じくらい穢れてるくせに！

一面の灰色に真っ赤な花がぼとりと落ちたとき、

何かに包まれるのを感じた。

少し粗めの、でも柔らかい感触。僕のタオルケットだ。

徐々に頭が冷えてくると足音が遠くに聞こえた。

センパイだ。少し踵を引きずる独特の足音。

暗くて狭いけど暖かい、自身の匂いが移ったそれに包まれていれば、今一度自分を思い出した。

僕はAだ、今はちゃんとそう呼ばれて、人並みに学園生活だって送ってる。

大丈夫、きっと大丈夫。

ようやく落ち着いてきた頃には日は沈み、下弦の月が静かに部屋の中を照らしていた。