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社内にいるときは、上司と部下でなければならない。
それ以上でも、それ以下でもない。
そもそも、私と渉さんの関係に名前などつけられるわけもない。
昨日の出来事が頭の中で蘇る。渉さんに会えた嬉しさと苦しさで、胸がぎゅうっと締め付けられる。
エレベーターの扉が閉まるまで彼の姿を見つめていると、隣から呆れたようなため息が聞こえた。
「いつまで見とれてんねん、あほ」
頭の上にぽんと手を乗っけられて、ぐしゃりと髪を撫でられて、私ははっと我に返った。
「見とれてなんかないわよ」
「…………やっぱ、うらたんなんやな」
「なにそれ」
「うらたんに会えて嬉しいって顔に書いてあるわ」
どこか含みのあるような言葉に、私は曖昧に頷くことしかできなかった。見上げたセンラの目はどこか寂しそうで、見ているこっちが切なくなるようだ。
「センラ?」
「ん?」
「どうしたの?」
私が彼の顔を覗き込むと、センラは口角だけあげて笑うふりをした。
「なんもないって。ほら、エレベーター。乗るで」
「う………うん」
エレベーターの中でもぎゅうぎゅう詰めになりながらようやくオフィスにたどり着くと、朝礼の時間まであと5分に迫っていた。
2人で慌ててタイムカードを切ったところで、センラが何かを思い出したかのように声をあげた。
「なに、忘れ物?」
「ちゃうわアホ。俺、そういえば今日の営業、うらたんとやったなあと思って」
「珍しいね。月崎さんじゃないんだ」
月崎さんというのは、センラが新入社員のときの営業同行についていてくれた営業課の人で、簡単に言えば新入社員時代の私にとっての渉さんのような存在だ。
月崎さんと意気投合したらしいセンラは、彼との営業同行がほとんどなので、渉さんとの同行は年に1件か2件あるくらいだ。
「そうやねん。うらたんのほうから言われたんやけどさあ」
「そうなんだ。やっぱ、センラは期待のエースだからね」
「そういう意味とちゃうって」
もしかしたら、いちばん大きな案件は私ではなくてセンラに任せているのかもしれない。そう思うと、私は何においても渉さんのいちばんにはなれないのだと思えてくる。
苦笑いをするセンラに、私は曖昧に笑い返した。それでも、さっきの渉さんの笑顔が焼き付いて離れてくれなかった。
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あ(プロフ) - 初コメ失礼します。りひとさんの作品がとても大好きで過去作品も全て読ませて頂いております。続編もぜひ読みたいのですが、パスワードをお教えしてもらうことは出来ますでしょうか...?何分仕様が分からず、この場で聞くこと自体間違っていたら申し訳ありません。 (2021年2月10日 1時) (レス) id: e8d9509923 (このIDを非表示/違反報告)
りひと(プロフ) - あすかさん» 返信遅れてすみません。コメントありがとうございます。更新頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。 (2020年12月14日 21時) (レス) id: d056bbadb9 (このIDを非表示/違反報告)
あすか(プロフ) - 初コメ失礼します!めちゃめちゃ面白くて見る度に評価押しちゃいます(笑)今1番を楽しみにしている作品です!更新頑張ってください(T_T) (2020年11月5日 21時) (レス) id: a6330c149b (このIDを非表示/違反報告)
りひと(プロフ) - いずりすさん» ありがとうございます。いつもと違うテイストに挑戦するので私自身もどきどきしています笑お楽しみいただけるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。いずりすさんも体調には気をつけてくださいね。 (2020年10月14日 22時) (レス) id: d056bbadb9 (このIDを非表示/違反報告)
りひと(プロフ) - Quuさん» ありがとうございます。お楽しみいただけるよう頑張ります。Quuさんもお体に気をつけてくださいね。今後ともよろしくお願いいたします。 (2020年10月14日 22時) (レス) id: d056bbadb9 (このIDを非表示/違反報告)
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