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「…へ、今なんて」
「だから、僕と一緒にお弁当食べよ…?だめ、かな」
僕が癖で首を傾げると彼女は耳まで真っ赤にさせてぶわっと目を見開いてぶるっと震えるのだ。数秒してプシューと音でも出るように耳から湯気でも立てそうな勢いで、『人違いでは…?』と聞いてくる。
「ううん。僕はAさんと食べたいの」
「…あ、ぇ、あの…」
「今しか食べるタイミングないの、今絶妙なタイミングで、他の女の子誰も居ないしさ」
そう言うとAさんは、しどろもどろ了解してくれた。僕は舞い上がってしまいそうな自分を落ち着けて、襲ってしまいそうな、キスしてしまいそうなその唇から、自分の理性を抑えて、『行こっか』って言った。
*
湿った中庭の影のコンクリートに腰掛けた。場所はあまり良くないけど、誰も来ないからそれだけいいやと思った。
___今頃『僕』は、そらるさん達とご飯を食べている。
4時間目が終わってすぐ、僕はトイレに行った。トイレを済ませて手を洗っていると、背後の影からひょこっと彼は現れた。びっくりして握っていたハンカチが落ちていく。それを上手いことキャッチして僕にもう一度渡してくれた。
「びっくりし過ぎ」
「でも急に出てくるのはおかしいだろ…ってかどこにいたの…」
「君の影の中に居るんだ。その中から僕が勝手に出てくる…そういう仕組み」
「…なんで出てきたの」
「お弁当、あの子と食べなくていいのかなぁって思って。」
そう言って彼はトイレの壁にもたれて、目を細めて笑う。挨拶するのに大変だったのに、…というか初めて挨拶して突然弁当に誘うなんて馬鹿らしい。
「トイレに僕が先に出て、女の子を引き連れていつも通りそらるさん達と屋上でご飯を食べるよ。その間に君はあの子を誘いなよ」
「…そんな無茶苦茶な…」
「お弁当もコピー出来ちゃうんだ、ほら!」
同じ弁当を僕の前にずいっと出した。その後に鏡で制服をピッと整え、僕に手を広げて見せた。
「僕、真冬?」
「…どこからどう見ても、お前は真冬だよ」
「じゃあ、僕がここから出ていってから5分ぐらい経ってから教室に戻ってみてよ、…きっとあの子は1人で困ってる」
トイレの扉を開けながら僕を振り返ってそう言った。
しばらくして、恐る恐るトイレから出ると、廃校のように人がごっそり居なかった。僕に吸い込まれるように屋上で食べる女の子がそんなに居たのか、と改めて思った。
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作者名:しょうゆのすけ | 作成日時:2019年2月26日 15時