04話 ページ6
「ゆいは、何も思ってくれない!何をしても、愛してるって言っても!」
鼻水を流して、涎を垂らして、全力で叫び伝えようとするその姿はまるで、子供みたいだ。
それが、届かないと知っていても。
「俺はゆいを愛してる!愛してるのに、愛してくれなかった!愛して、くれたら……っ」
突然言葉を区切り、ひゅうっと息を吸い込む。
そして、
「……おれ、が由衣を……こうして……殺したんだ」
首から手が離れる。
泣いているような弱々しい声が頭に響く。
何人もの人間が泣き喚く姿を何度も目にしてきた。だけど、棚倉を前にして、ずっと静かだった感情が初めて燻る。
――横から伸びた長い脚が空間を引き裂き、棚倉の腹を蹴り上げた。
壁に背中を打ち、苦悶に顔を歪めて気絶する。目を閉じて彼はやっと、穏やかな表情を浮かべた。
そのとき一筋流れた涙を拭い、新たに加わった気配に顔を上げる。
「――情けないぞジョディ。容疑者を民間人から離し、確保していないとはな」
「この男が色々やらかして、それどころじゃなかったのよ!」
透き通る緑の目の下に特徴的な隈。長く伸ばしている髪を靡かせ、チラリとこちらを見下ろす。
どこか探るような態度を見せると、気絶した棚倉に目を向ける。
「早く手当てをしないと手に空いた穴が塞がらなくなる、まずは病院だな」
側にいた警察官を振り返り、連絡するよう指示する。――彼が来て、現場の雰囲気が一瞬にして変わった。
そこで、肩から下げているライフルケースを目にする。
どうやらさっきの凄腕スナイパーは彼のようだった。道理で気の抜けない相手なわけだ。
「そこのあんた」
「ん?」
突然声をかけられ、首をかしげる。男はライフルケースを床に置いて、言った。
「話は無線で聞かせてもらった。なぜ、あんなに詳しかったのか事情聴取を受けてもらうぞ」
「えー、俺疲れたんだけど」
「なら、ここでいい。隣の部屋にいるヤツを呼んでもかまわないが」
「……ううん大丈夫だよ」
隣の部屋から微かに男に向けられている、微量の殺気。
それは、恐らくひなのものだ。
棚倉に押し倒されたとき、音が立ったから目覚めたのだろう。以降、ずっと連中を威嚇していた。
気づいたのは俺と、この男だけ。
それが何を意味するのか……
「じゃあまず名乗ろうかな。俺は天羽A」
すると、ふっと唇を緩めて、気の抜けた表情を初めて見せた。
その表情に見とれて、その日、久しぶりに心がざわついたのを感じたんだ。
「FBIの赤井秀一だ」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 163人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
