十分 ページ6
人間という生物は
じっとしていられるようには
出来ていない
ということを世良は
実感させられていた
動いている方がラクで自然だ
動かないという仕様にはなっていない
身体を固定するには
相当なエネルギーを必要としていた
腕が震える
その震えは鉤の先端に伝わる
その度に佐伯教授の怒号が飛び
三回に一回の割合いで
ヒールの先端が足に刺さる
眼が慣れてきた世良は
術野に眼を凝らした
鉤引きの役割は
術者が手術をし易いような場を作ること
そして場の設定を崩さないこと
だから鉤引きの視野なんて
誰も知ったことではない
世良が手術を観覧できなくても
誰も困らない
それでも世良は
懸命に術野を覗き込もうとした
何のために？
明日の自分自身のために
佐伯教授の手が止まった
目を閉じ
腕を患者の身体の奥深く突っ込んだ
手術室の動きが止まった
目を凝らすと
佐伯教授の肩だけがかすかに動いている
やがて低い声が
手術室に響き渡る
佐伯
思った通りだ
微小浸潤がECジャンクション
(食道胃接合部)を越えている
『下部食道合併切除ですね』
佐伯
あぁ
羽柴くん、頼むよ
『はい、教授』
そう羽柴先生は言い
佐伯教授は手術室を去った
代わりに佐伯教授の場所には
羽柴先生が立った
『検査室に連絡して
ゲブリール(迅速組織診)で断端診断を
十分後に検体が出る』
垣谷
十分後ですか！？
下部食道合併切除胃全摘術に変更ですよね
十分では無理では？
後ろに居た垣谷先生が叫ぶ
羽柴先生がじろっと垣谷先生を見た瞬間
『弱音を吐くほど暇なのよね
なら手伝いなさい
あなたも医者なのでしょ
垣谷せ、ん、せい』
垣谷先生は
羽柴先生が立っていた場所に立っている
羽柴先生は
立て続けに多様な器械の名を唱える
そのスピードにかろうじてついていく
看護婦はギリギリのタイミングで
器械を差し出す
一連の動作に終止符を打つように
羽柴先生の『メス』という一言が響く
光り輝く刃が手渡される
羽柴先生は
身体の奥深く沈める
時が止まる
次の瞬間
金具を両端につけた胃袋が取り出された
世良は時計を見た
羽柴先生が宣言してから
ちょうど十分だった
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帝(プロフ) - ちゃっちゃんさんへ──ありがとうございます。ドラマだけ見てる方もいらっしゃると思うので敢えて小説のまま書いてある部分があります。これからも精進致します。 (2018年5月7日 11時) (
レス) id: 8b6dd09fc1 (このIDを非表示/違反報告)
ちゃっちゃん - 佐伯教授にも信頼されている様子が分かり、とても良い設定だと思います！これからの展開を楽しみにしています！ (2018年5月7日 10時) (レス) id: fc5666b067 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：帝
| 作成日時：2018年5月4日 10時
