どうやらわたしは思い通りには生きられないみたいで【文スト】

35.惹かれ合い ページ35

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「こ、こここが好きでしたっ」

　とりわけ好きな場面です！と顔を紅潮させて云った。数十秒だったはずなのに、とんでもなく長く感じた。
　でも、すごく楽しかった。
　しかし、同時に目の前のベンチに座る彼から何も返事がないことに一抹の不安を覚える。
　あの、と声を出そうとすると、彼がわたしの両手を思いっきり掴んできた。抗えず、ベンチに、というか彼の胸板に身体ごと突っ込んでしまう。体格差が大きくて胸にまで埋まってしまう形になる。ちょっと苦しい。


「あのっ」
「ねえ素晴らしいっ！素晴らしいね、キミ！」

　肩を掴まれ、目が合った。きらきらとした青と緑のオッドアイがわたしを見つめている。
　どきりと平時は静かな胸が高鳴った。
　彼がわたしの脇の下を掴んで、ベンチからわたしの体を降ろし、彼自身も跳ねるように立ち上がる。

「僕はここが好きだった！一緒に踊ろう！」

　夕焼けに照らされる彼の顔はすごく自然に見えて、綺麗だった。本当に本心からかけてくれた言葉なんだ、と思うとじんわりと胸が熱くなる。流暢なドイツ語が、ちょっとだけ不安定に音楽を奏でた。

「わたしもそこ！素敵だと思ったっ！」

　どうしてこんなにも、涙が出てきそうなくらい嬉しいの。

「ねえ聞きたいの！」
「あなたの名前！」

　あなたの名前を聞きたい。
　演劇も素敵だし、あなたもすごく素敵だと思った。
　ドイツ語がピタリと止む。しかし、わたしの手をがっちりと掴んで離さず、わたしの腰に手を回し、音が止んだのにも関わらずステップのリズムだけは崩さない。

「コーリャ！今はそう呼んでくれたまえ、大女優？」

　やけに夕陽と、そこにマッチする海が映えて見えた。
　こんな私を褒めてくれてありがとう。私今、あなたが最高に愛おしい！

「私、わたし.....A！」


　ねえわたし楽しいよコーリャ。これ、喜怒哀楽の楽だね。
　相変わらず変な笑い声だけど、わたしの笑い声がそこに交じるのがおかしくて更に笑った。
　繋がれた手がどこまでも熱い。
　フォークダンスをするよう。彼の手の下でくるくると回されるのも楽しかった。ちょっと体格差があって不便だけど、わたしもちょっと背伸びをしてコーリャも少し頭を下げた。
　これは、演技なんかじゃない楽しさだ。


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