どうやらわたしは思い通りには生きられないみたいで【文スト】

34.君の天才的な演技力 ページ34

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　ゴーゴリは瞠目して、道化師にも関わらず感嘆の声を上げるのを抑えられなかった。彼女は華麗にステップを踏む。さわやかな夕陽に照らされつつ、高いソプラノがドイツ語の音楽を奏でる。頭の先から足のつま先まで、全身から音楽が流れているようだった。それでいて清潔感と官能的な色気が共存し、その色香に当てられて鼻の先がじんと熱くなった。


『あたしの顔が曲がっているのに、鏡を責めて何になろう！』
『なんにもなりやしないわ！』


　セリフシーンに関しては間が上手いだの滑舌が良いだの、そんな細部を評価するまでもなかった。そんなことを考える暇すらもなかったのである。彼女はあの、舞台に立っていた女優そのものをやつしている。人間観察があまりにも上手い。引きのステップ、手首の動き方、間合いの取り方、全てがあの女優そのものである。

　美しく艶やかに溢れる涙は儚い。
　ああ、あたしを助けて。
　醜いあたしをどうか。いかに美しいものでも行為によっては醜怪になる。腐った百合は雑草よりひどい臭いを天地に放つ。
　あたしは腐った百合にすらなれないの！

　彼女の容姿は美しい筈が、不細工な女を演じることで不細工にすらなっていた。

　ゴーゴリは息を呑んだ。
　彼女がこうして演劇を始めて、およそ数十秒しか経っていないはずである。どうしてここまで惹き込まれるのか。

　ポートマフィアの準幹部で、元は女優の中原A。今も軍警に追われ続け、演技をやめられないのだという。
　だけれどそんな、汚らわしい不自由な檻の中に閉じ込められたはずの鳥が、この数十秒で自由に羽ばたいていくのを感じた。
　この喜びはなんだろうか！
　頭蓋骨という閉じ込められた空間、それが高揚している！
　これはまさか、恋という奴ではなかろうか！

　

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