どうやらわたしは思い通りには生きられないみたいで【文スト】

33.演劇が好き ページ33

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　隣にいる彼の存在が示すように、海外でも有名な日本の歌劇団の舞台なだけあって、思わず感極まるくらい素晴らしい舞台だった。
　舞台のカーテンが閉まった瞬間、とんでもない法悦が胸の辺りをここぞとばかりに占めて恍惚の表情を浮かべずにはいられない。

　わたしはこれだから演劇が好きなのである。

　他の観客が移動しているのを分かっていながらも、カーテンの閉まった部分をずっと見続けていた。
　わたしも、異能力さえ無ければまだあの場所に立っていられたかもしれないのに。

　不意に、ちょんちょんと右肩を軽くつつかれた。右を見遣ると隣の白髪の彼がにんまりと口元を歪めて笑っている。どうしたのだろうかと口を開きかけると、彼が「ねぇ！」と息巻くように開口する。


「どこかベンチにでも行かないかい？感想を話し合おう！」


　本来、わたしにとって一般人と馴れ合うのは最も避けたい事例である。宮坂蕉雨であることがバレるといけないから。捕まっちゃって完全に演劇の道から外れることになっちゃうから。
　しかし今回はあまりに感極まりすぎて、その誘いに思わず頷いてしまった。「外国の方だから」というものを建前にして。

　ヨコハマの海を眼前にしたベンチに二人で腰掛けた。なんだかここに至るまでに数十分もかかってしまってすっかり日は暮れかけているけれど、彼は「君に映えるのは海しかない！」と遠いと訴えるわたしの声に聞き耳を持たずといった感じだった。

　そこで、どこが好きだったか、という問いに対してうーんと言語化することが困難であるという状況が生まれてしまった。いや、好きだった場面は数多くあるのであるが、言葉で上手く表現できない。わたしは思いきってベンチから跳ね上がるように煉瓦造りの地面を蹴りあげた。



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