【文スト】裏を返せば全て善意 (ページ7)

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決戦の日は明日。
街明かりで溢れる横浜の街を、Aさんは窓から眺めていた。

社内には僕と彼女しかおらず、とても静かだった。
僕も机の整理が残っていて忙しかったりもしたから。

「Aさんは帰らないんですか？」

『敦くんは？鏡花ちゃんは帰っちゃったでしょ？』

「僕はまだです」

質問に、質問で返される。

彼女は未だ、窓の方を向いていた。
その後ろ姿が少しだけ、寂しそうに見えた。

『夜、暗くなるとさ。途端に不安になることない？』

「まぁ……なくもないです」

『まあだから何ってわけじゃないんだけど』

「じゃないんだ……」

振り返ってふふふ、と笑う姿は幼く見える。

珍しく覇気がないから、突いたら泣いてしまうのではないかと不安になった。
彼女が泣くことは特に珍しいものではないけど。

『嘘かも。本当は少し不安だから帰らないのかな』

「不安……」

『分かってても、今日死ぬかもしれないって恐怖が、ね』

乱歩さんが明日でいいと言うのだから、大丈夫なのだ。
彼女が今日死ぬことは決してないのだ。

だがそれでも、拭えない恐怖はあるのだろう。
隠していたとしても、見えないところで殺されてしまう可能性だってないわけではないのだから。

『眠ったらもう二度と目が覚めないかもしれない。明日、私だけが出社出来ないかもしれない』

「……Aさん」

『珍しいでしょ？普段は残業なんてしたくもないのに、今日は社長に残らせてもらったの』

あり得ないと分かっているのに、ただ単純に怖い。
僕だって、同じだった。

今日ここで別れたら、もう会えないのではないだろうか。
もう、言葉を交わすこともないのではないだろうか。

そんな確証のないことを思う。

「実は僕も、今日は残らせてもらうことになってるんですよね」

『何で？』

「どうしても終わらせたい仕事があって」

何事もなかったように、椅子を引いて座る。

いつも、大変なことはあるけど、彼女は僕を助けてくれる。
だからただ、恩返しがしたかった。

『はは！下手な嘘つくねぇ、敦くんは』

「えっ」

『君は私のためにそこまでしてくれるんだ』

「ははは、はぁ……」

若干格好つけようとした自分が恥ずかしい。
これなら最初からそうとはっきり言えば良かった。

だが、Aさんは純粋に、嬉しそうだった。
だからこれで良かったと思う。

「ずっといますよ、僕は」

早く明日が来いと、静かに願った。