ヨザクラミチシルベ ―神威に餞―混戦編

第八十九刀　：　その空を忘れない ページ10

―――罪としての意識などなかった。

まるで俺は軽犯罪者のようなその台詞を、
彼の前で吐いていたのかもしれない。

それが「犯罪」であっても「軽犯罪」であろうとも
罪であることにかわりはないのに。

だからこそきっと、それは気のせいなのだ。

己の罪に気付かなかった己をなぐさめるために見出して、
むりやりねじって編み出した、勘違い。

抱きよせた時の、彼の身体が、腕が、声が、
また震えていたなんて。

体のいい言い訳を押しかかえ、
俺は彼の気がすむまで、
その抱擁をうけていた。


一度強く引き寄せた後、
そっと頬に触れて彼は笑う。

「・・主、」

燃え落ちる炎の最期の一瞬が、
くゆらせた煙のように彼の口先が緩んで閉じた。

・・・あいしておるぞ


音のない声でそれだけを語ると、
三日月は群青の狩衣(かりぎぬ)を翻し、
廊下の先へと姿を消した。


その背中に言い知れぬ影を見た気がして、
視線を動かす事無く、霞はごとんと膝をおとした。

―――あの男は、何をするつもりでいるのかと。

震え、自由にならない両ひざが、
霞には酷く、馬鹿らしくて笑った。








燃え盛る木々のなか今までを過ごしたこの本丸を目にするのは
それから四日後のことだ。



＊＊



初陣の翌日、燭台切に畑をまかせ、
青江と宗三に炊事をまかせ、
霞は長谷部、左文字とともに離れへとおもむいた。
備州は、離れの庭先に出て、ちいさな池を見下ろしていた。

「備州」

呼びかけると、
備州はおとしていた視線をあげて、こちらへと投げた。

「よ、前州」

備州は軽く手をあげて、ざりざりと砂地をすって進んでくる。
―――そして霞は理解した。

命に別状はない、それは確かにそうであるけれど、
同時に彼は、きっともう審神者業務には戻れないのだろう。
ひきずられる左足を視界の隅にとらえながら、
霞は手にしていた紙袋を持ち上げる。

「きなこの焼菓子なんだけど・・・
これね、燭台切さんがつくってくれたんだ。
だから離れで、たべようと思って」
「別に構わねぇけど、それ、他の連中はどうしてるんだ？」
「ここにいないみんなのぶんは燭台切さんが別に用意してくれてる。
これはね、俺達に食べさせるために燭台切さんがわけてくれたんだ」

微笑むと、備州はにこやかに笑う。
鳥が鳴く昼下がりだった。
あの鳥の声は、きっと二度と忘れない。


「カッコウか・・・もう、夏が来るんだね」


空気のよく澄んだ、五月晴れが俺達を見下ろす日のことだった。

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