【藤】*____太宰治 ページ11
【それでも君は諦めなかった】
『……太宰』
「迎えに来たよ、A」
気障な演出だ、と罵ることもできなかった。窓縁に立って手を伸ばす彼に掛ける言葉を失った。何故、此処に彼は居るのだろうか。
逸れすら頭には浮かばず、ただただ幸福とは云い難い感情が爪痕を残していく。優しく微笑む太宰。それは真夜中午前零時のミッドナイト。
『どう、して。貴方、ポートマフィアを』
「私が君を置いていくと思ったのかい?」
『何で此処にいるの』
「云ったろう。私は君を迎えに来た」
涙が頬を伝う。幸福には満ち欠けた、虚しさには浅く浸かった。嬉しかった、来てくれて。それでも、この手を取ることはできない。
「A……」
『私じゃ、太宰の足手まといだから』
「そんなことあるわけないじゃないか!!」
『貴方のようには出来やしない』
「何時、私が完璧に成れなんて云った?」
なんて意地悪な質問をするのだろうか。思わず怒鳴りそうになる。どうして、何故。自分なんか置いていけば良かったんだ、と。
貴方の側に居たい。だが、それはきっと。重荷になる。負担をかけてしまう。元々、恋人なんていう素敵な間柄なんかじゃないのだ。
相思相愛だ、と云われればお互いに頷き合える。それでも、共に生きてほしいと伝えることはできなかった。裏社会とはそういうもの。
『……云ってない』
「私は君が好きだ、だから隣に」
『駄目だって云ってるでしょう!?』
「どうしてそうやって諦める!?私は君を愛してる、理由はそれで充分だ」
諦めているつもりなんて、と云おうとしたのに。言葉が発されることはなかった。窓枠に一歩ずつ歩み寄る。涙が幾つも砕けて落ちた。
ずるい人。断れないことを知っている癖に。そうやって縛り付けてしまう。逃げてきたのは自分の方だと、認めなければならなくなった。
その手を取った。月光が窓から飛び降りた二人を優しく照らす。何処かで藤の花弁が散った。夜明けは近いか、幾千も遠いか。
(愛している)
(だから私の隣に居てほしい)
(私と結婚して下さい)
(……はい。)
淡く脆い硝子の上の幸福を。
【藤】優しさ、二度と離れない
【紫陽花】*____太宰治→←【紅蓮華】*____芥川龍之介
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年8月13日 14時