ヘッドフォン越しのワトソン【ヤンデレ×推理小説】 (ページ43)

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張られた水に、月がゆらゆらと浮かんでいる。まだ夜は長い。私は抱きしめられた姿勢のまま言った。

「貴方、ここの生徒なのね」

　ワトソンの肩がびくりと跳ねる。

　彼の年齢は私とさほど変わらないはずだ。そんな彼は私を助けにこの学校にすぐ来た。近くに住んでいるに違いない。

　彼がここの生徒と考えれば、得心いく言葉があるのだ。

『この地図、本校舎しか描いてないんだ。でも何もなかったはず』

　まるで何もなかったことを見た事があるかのような言動。

『うちの学校のセキュリティって結構固いんだよ』

　極め付けは、"うちの"学校という表現。

　顔も見たことがない男は、案外私のすぐそばにいたらしい。

「お見通しなんだね」

「見透かされて怖い？」

「いいや。推理している時のAはかっこいいもの」

　私を抱きしめながら、彼は自分のことについて少し語った。

　ずいぶん長く学校に行っていないこと。彼の対人恐怖症は、特に視線に極度の緊張を感じるものであること。

　ただし動物など社交の対象にならない相手は例外だ。誠七郎を殴ったとき(Case1)はどうしたのかと思ったが、奴は"人でなし"だったから価値がないと判断されたのかもしれない。

　話を聞く間、私は軽い相槌をしていた。愛想がないようだが、本当は内心嬉しくて暖かかった。少しでも彼を知れたことが嬉しくて。

「ありがとう」

　助けてくれたことにも、色々と話してくれたことにも。彼の服の裾を軽く握ると、照れ隠しに軽く笑い声を立て、そして柔らかな声色で「よかった」と腕の力が強められた。

　さて。本題はここからどうやって帰るかだ。この抱きしめられた状態から離れれば、私はワトソンな顔を見ることになってしまう。

「……ちょっとだけ目を瞑ってもらってていい？」

　彼の提案にびっくりして「それだけでいいの？」とつい声を上げる。

「うん、勝手に僕の顔を見たりしないって信じているから。Aが僕を信じてくれてるなら、僕も同じ気持ちで返したいなって」

　ああ、監視カメラについて話した時のことか。私が納得してクスッと笑うと、彼も釣られて喉の奥で笑い声を転がす。2人分の笑い声が、鈴を鳴らしたように夜に響いた。