ヘッドフォン越しのワトソン【ヤンデレ×推理小説】 (ページ37)

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Case5-3 ページ37

プールの裏に走る。まだ足跡は消えていなかった。安堵にため息が出る。

「ワトソン、写真を送るから」

はぁい、と気の抜けるような返事。まださっきの私の言葉で喜んでいるらしい。いつまでもふわふわしていないで、切り替えて欲しいものだが。

　私は汚れないよう軽く屈み、泥の窪みを注視した。見れば見るほど疑念がむくむくと膨らんでいく。バラバラな足のサイズに、靴底でへこんだはずの部分は完全に平面だ。

「ねぇワトソン。今から送るこの写真——」

　そう言いかけて、私は口を閉じた。足跡が聞こえる。振り向くと、そこには男子生徒がポケットに手を入れて立っていた。彼が靴をトントンとして音を鳴らすと、靴裏の校章が見えた。ここの生徒か。

仙身長は170cm後半。切れ長の目が特徴的で、まつ毛が長い。モテるだろうな。

「キミが噂の音楽探偵さん？」

声まで甘ったるいとは。彼女が途切れることはないのだろうな……今、音楽探偵って言った？

　そうか。ジョーくんや山吹さんにはヘッドフォンの秘密をそう説明してしまった。変な名称で私の噂が広まっても不思議じゃない。失敗した、私は片手で顔を覆う。

「ボクの名前は五王マグナ。超偉大なる中学生探偵さ。マグナさん、いやマグナ様と呼んでもいいんだよ」

　長い沈黙。地域によっては、この状況を天使が通りすがったと形容するらしい。目の前の彼はちょっと不安そうに目を逸らし、そしてもう1度こちらに笑顔を向けた。

「……えっと。マグナってラテン語で"偉大"って意味なんだよ。ご存じ？」

　今のところ彼の印象は、青血さんとジョーくんの悪いところ"だけ"を足して2で割ったような人物だ。プライドの高いナルシスト。

「ご両親は貴方に偉大であるよう願ったのね」

　本人を誉めたくなかったので両親に関わる話をしたが、彼は優越に浸った表情でうっとり目を閉じた。

「そう、偉大なる名探偵のボクがこの事件を解決してあげよう。甘花さんのファンとしても、犯人をこの手で捕まえてやりたいっ！」

「なんだこいつ」

　うっかり溢れた私の本音に、ワトソンが肯定する。

「少なくとも敵なのはわかる。Aに近づきすぎ。助手視点の気持ちを差し引いても、シンプルに馴れ馴れしい。初対面じゃん？」

　私達が気を悪くして、心理的にも物理的にも1歩引いていることに五王君は気が付かないらしい。