ヘッドフォン越しのワトソン【ヤンデレ×推理小説】 (ページ22)

今日:10 hit、昨日:18 hit、合計:6,048 hit

:’-(3, ページ22

笠井さんが帰った後、僕はスピーカーからAに呼びかけた。

「ありがと、A」

「なにが？」

「僕をワトソンにしてくれたこと」

　犯罪を許さない君。ひったくり犯をあっという間に追い詰めて、言い逃れできないような失言を誘う君。きっと僕のことも捜査して見つけ出してしまうのだなと思った。

　でも君はなんだかんだ流されやすくて、通話やWebカメラでの監視を許してくれて。そして僕に「ワトソン」と助手としての名前を与えてくれた。

　僕の存在に意味を与えてくれた。

「なによ、改まって」

　彼女はつまらなさそうに吐き捨て、客人用のお茶を片付け始めた。つれないなぁ。ツンとしたところも魅力的だから、Webカメラの映像を勝手にスクリーンショットするのだけれど。

「感謝されるのは悪い気はしないけど、私は私の目的のためにあなたを利用しているだけ。あなたのためにやっていることじゃないの」

　目を伏せる彼女に「そう？」と返せば、そっけなく「そうよ」とお盆をキッチンまで運びに席を立つ。話はそれきり終わってしまった。

　通話を切断して、ぐいと首を反らし息を吐く。

　Aはああやって言ってくれるけど、むしろこの関係を都合よく利用しているのは僕だ。一目惚れして、勝手に電話番号を調べて。探偵助手なんて綺麗な言葉で着飾ったストーカー、それが僕の真実だ。

　推理の手助けなんて美徳に満ちた行為などではなく、むしろ生々しい望みをAに押し付けている。君に甘えすぎている僕がいる。

　わかっているけどやめられない。AAの優しさが、美しき探偵の甘美が、僕をさらに狂わせる。執着させる。好きにさせる。

「……利用なんかじゃなくてさ、もっと、近い関係になれたらなぁ。仕事以外の時でも、そっちからかけてくれたらいいじゃん。いつでも電話出るのに」

　バニバニランドに行ったあの日から、盗聴器越しに聞こえた犯人を追い詰める声でオチたあの時から、ずっとAしか見えてない。強い光に目を奪われた。マグネシウムを幾つ炊こうと叶わないほど強く煌めき、目移りを許さないように目を眩ませた。

　だから君も僕だけをみて。なんて、目を見て言えもしないのに、馬鹿げてるけれど。

「好き」

　絞り出した言葉が、舌にわずかな苦味を残した。

　心に詳しい探偵さん、僕だけのホームズさん。「好き」の一言で伝えられない思いは、どうやって伝えればいいですか。