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母さんが死んだ。肺炎を拗らせたんだ。
父さんも死んだ。嵐の日に母さんの為に薬草を摂りに出て行って、崖から落ちて死んだ。
あんなに拗らせた肺炎が薬草なんかで治るわけないのに。
それからだった。俺と無一郎の間には深い溝ができてしまったのは。
それと同時にAとの間にも深い溝ができてしまった。
Aは俺に歩み寄ってくれようとした。何回も何回も話し掛けてくれた。
でも、俺は何も答えなかった。答えたとしても「煩い」や「どっか行け」なんていう酷いものばかり。
俺から酷い言葉を浴びせられる度に目にいっぱいの涙を溜めるのに、Aは俺に話し掛けるのを止めることは無かった。
あいてしまった穴を埋めようとしてもそのやり方がわからない。一度掘できてしまった穴を埋めるのは、とても俺にできることじゃなかった。
つくづく自分の無力さを思い知らされた。両親が死んでから、俺と無一郎の二人だけで生活していくことになった。
Aが爺ちゃんからのお裾分けだと色々なものを持ってきてくれた。俺はお礼のひとつも返せなかった。
無一郎はありがとう、と言ってそれを受け取る。ただ以前のようにAが俺達の家に入り浸ることは少なくなった。
折り紙だって折らなくなった。鶴の作り方だって教えてと言って来なくなった。寂しかった。悲しかった。
心にぽっかりと穴が空いてしまったかのような感覚だった。
「有一郎、これ…」
ある日、またAが包みを持ってやって来た。俺はその姿に目もくれなかった。
「…有一郎、どうして」
「煩い。」
自分でも吃驚するくらいに低い声が出た。
全身の身の毛がよだつような声。
Aも羽織の裾をぎゅっと握り締めて一歩、後ずさった。
俺の好きな勿忘草の瞳が悲しみの色を帯びていた。
「…ごめんね…」
Aはそれだけ言うと俺の前から姿を眩ませた。今にもその勿忘草の瞳が溶けてしまいそうな様子だったのに、俺は何一つ言葉をかけることができなかった。
なんで、どうして。
どうしてこんなに酷い態度をとってしまうのか。
Aはただ純粋に俺のことを心配してくれているだけなのに。
その暖かい優しさを蹴落として、蔑ろにしているのは、紛れもない俺自身だ。
「…っごめん…」
俺が呟いたその言葉は誰の耳に入ることもなく、温い空気に溶けていった。
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白霞(プロフ) - ゆっくり四つ葉さん» コメントありがとうございます。お返事遅くなってしまい申し訳ありません。複数回読んで頂けたのですね…!感謝の限りでございます。そんな風に言ってくださりありがとうございます。最後まで閲覧頂きありがとうございました! (2020年9月15日 7時) (レス) id: 7828c1c33e (このIDを非表示/違反報告)
ゆっくり四つ葉 - 何回でも見に来て涙腺崩壊させられてます。しかも作者様一人一人に返信までしてくださっていて…!作者様の良い人が滲み出ている…なんというか、はい、土下座したいくらい素晴らしい作品でした。このお話、ずっとずっと語り継がれていたらいいなぁ… (2020年9月2日 22時) (レス) id: 135b7cf6d1 (このIDを非表示/違反報告)
白霞(プロフ) - シバさん» コメントありがとうございます。そのように言って頂けて光栄の極みでございます。最後まで閲覧頂きありがとうございました! (2020年8月30日 21時) (レス) id: 7828c1c33e (このIDを非表示/違反報告)
シバ - あれ……………目の前がぼやけてきたぞ…… (2020年8月30日 11時) (レス) id: 344258cf85 (このIDを非表示/違反報告)
白霞(プロフ) - かりんさん» コメントありがとうございます。そのように言って頂けて感謝の限りです。最後まで閲覧頂きありがとうございました! (2020年8月21日 0時) (レス) id: 7828c1c33e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白霞 | 作成日時:2020年6月20日 20時