mission 32 ページ32
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「んっ……!」
押し付けられた拍子に、ドアノブが腰に食い込んだ。
その痛みに負け、反抗する間もなく薮の唇に侵される。
「や、、ぶ……」
さっきよりも深くて、激しくて。
息をする暇もない程に。
やがて後頭部に添えられていた手に力が篭った。
顔を背けようとしても固定されて動けない。
腰にもう一方の手が回され、いつしか薮に密着していた。
「んぁっ……ぁ」
「静かに」
やっとのことで空気を取り込めたかと思えば、口の中に舌が入ってきた。
味わったことのない感触に、体がブルッと震える。
そんな俺を嘲笑うみたいに薮はニヤリと笑って舌と舌を絡ませてくる。
「や、めてっ……」
知らぬ間に拘束されていた両の手を掴んだまま、再度軽く唇に触れると、憐れむような目で俺を見下ろした。
「本当に嫌?」
垂れた目で問いかけられれば、反論の余地もなかった。
きっとこいつに縋る客もこんな想いなんだろうか。
今なら俺のことを全部聞き入れてくれるんじゃないかって、柄にもなく酔い痴れてしまいそうになる。
「こんなこと、許されない」
でもここまで薮の思うままなら、一度くらい反抗してみたくもなる。
言いなりにはなりたくない。それだけだ。
「じゃあ止めとく?まだ間に合うけど」
でも。
突き放されるのが怖かった。
優しくしてくれたのに。特別だと思っていたのに。
このまま帰ってしまったら、もうこの関係には戻れないんじゃないかって。
……馬鹿馬鹿しい。俺はこんな時にまで、過去の自分に縛られている。
「帰りたく、ない」
「それが答え?」
「……はい、」
世に言う“お姫様抱っこ”をされ、寝かされたのはシングルベッド。
ふかふかに仕立て上げられたその上では、男二人が向かい合っても音一つ立ってはくれない。
それが逆に、まだ夢の中にいるんじゃないかって、不安で堪らなくなる。
「なに泣いてんだ」
天井よりも近くに薮の顔がある。
近づいてくるのが怖くて、目を瞑った。
「泣いて、ねぇし」
「お前の心は泣いてんの。ほら、泣くなって」
「だからっ──」
目の下の辺りを、男らしい親指で拭われた。
迷惑そうな顔の割にその手つきは優しくて、俺の心を乱していく。
「じゃあこう呼べばいい?」
耳元で囁いた薮。
「っ……」
「だあーー!もう、どうしたら泣き止むんだよぉ」
頭を抱えているけれど、今のは薮が悪い。
だって狡いよ。
光、だなんて。
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作者名:柊 | 作成日時:2018年10月12日 19時