32.食堂 ページ32
「こんな時間にどうしてん、やっぱり眠れんかった?」
「いえ、出勤前です」
「え、もう!?」
「まあ、勤め先がパン屋なので朝は早くて……」
「ああ、そうやったな……」
「トントン様は、まだお仕事をされていたのですか?」
何の気なしに尋ねると、彼はぱちりと目を瞬かせた。なんだか、トントンさんの驚いた表情はよく見る気がする。
「……なんでそう思ったん?」
「まだ軍服をお召しになっていらっしゃいますし……隈が出来ていらっしゃるので寝不足気味なのかと思いましたが、インクの香りがしたので」
「はえー……その通りやわ、寝る前になんか温かいもんでも飲もうかと思ってな」
「……私が申し上げるのも何ですが、あまり御無理なさらないでくださいね」
仕事を増やす一端になっている自覚はある。その身で何をとは思うものの、隈はあまりに濃いし、鬱先生によればグルッペンさんと共に五徹したらしいし、そんな話を聞いていると心配になってしまう。
そういえば前世でも動画投稿に関してかなり重要な部分を担っているという話だった、なんて思い返していれば、彼は頬を搔いてからマフラーに口元を埋めた。
「ありがとう、Aさんもこんな早くから働いて大変やろうけど、無理せんとってな」
「はい」
「そういや、今から食堂行くん?」
「……はい、まあ、一応……」
「ふ、めっちゃ嫌そうやん、腹減っとらんの?」
「そうですね、全く」
「全くかあ」
食堂に着き、紅茶を淹れ始めるトントンさんを横目に、一杯だけ水を貰う。本当にこれだけでいいんだけれど、彼がいる手前、何か食べた方が良いんだろうか。
「なあ、Aさん、蜜柑好き?」
「……みかん、は、あまり食べたことがなくて……」
「お、せやったら半分こせえへん? 一個だけ余っとってんけど、朝からゾムやらシャオロンやらに取り合いされたら面倒でな」
「あ、はい、ぜひ」
半分くらいなら食べられると思って了承すると、うん、と笑った彼が蜜柑を剥き始めて。手が大きいから、蜜柑がやたらと小さく見える。
「ん、どーぞ」
「ありがとうございます」
飲み物を持って机に移動し、向かい合わせに腰掛ける。房を一つ剥いて口に入れると、記憶にある味より甘くて、懐かしくて目を細めた。
「Aさんは、これまで飯どうしてたん?」
「大体は自炊でしたけど、今の所で働き始めてからは賄い代わりにパンくださるので、それで」
「料理出来んねや、偉いなあ」
「いえ、そんなことは」
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陽乃(プロフ) - 黒猫さん» コメントありがとうございます、黒猫様の御趣味に添えられたようで嬉しい限りです。続編ものんびり書いておりますので、楽しんでいただければ幸いです。 (2020年5月29日 16時) (レス) id: 89afdb7f98 (このIDを非表示/違反報告)
黒猫 - 全て見させていただきました。俺はこういう作品が好きなので、とてもいい気持ちになりながら見ていました。神作品をありがとうございます。 (2020年5月21日 10時) (レス) id: 0779f5a88d (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - (名前)さん» コメントありがとうございます。建物の設定は実在する基地や城塞、そして仰る通り大脱走など御本人たちの動画を参考にした部分もありますね。気づいてくださって嬉しいです。 (2020年4月12日 21時) (レス) id: 4760b364cd (このIDを非表示/違反報告)
(名前) - 9の途中まで見ました〜なんかPX、商店、、かな?みた途端、大脱走元にしてるんかなって思ったーーー!!実際どうですか?本当に大脱出が元だったら、、違うくても、話の作り方、うますぎる… (2020年4月12日 19時) (レス) id: ca685f05f7 (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - 黒胡椒さん» コメントありがとうございます、のんびり更新していきますのでよければお付き合いください。 (2020年4月4日 3時) (レス) id: 4760b364cd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:陽乃 | 作成日時:2020年3月16日 17時