【土方十四郎】好きと言わないで (ページ9)

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０８/ヒール･ザ･ヒーローページ9

「君はまるでわかっていない。俺が何を考えているのかも。

　俺は今日まで、泥水のような水を啜って残飯を食って、生きながらえてきた。

　今日で終わりにしようと思うよ、

　君も疲れただろう。俺みたいな兄のもとに生まれてしまって。

　……もう一度、やりなおそう。

　暖かい家と、裕福な家庭、そして……優しい兄

　君が求めていたものだ」

私の髪を持ち上げて、兄は、耳にキスを落としながら言った。
脳髄が恐怖で痺れた。いつもと違う兄の様子に、どうする事も出来ない。

ただただ、サンドバックの様に殴られる方が楽だと思った。

「いや、おにいちゃん、いや」

喉から絞り出される声は、お兄ちゃんが振り下ろす拳と、痛みに消える。

鼻から顎に伝った血が、床に滴った。
兄はそれを、私の服で拭った。

＊

「いたい、いたいかい？ごめんね」

ピクピクと痙攣する私を殴りながら、兄は涙を流していた。
その涙はとても汚い。

その手を止めて、死んでしまう。

今思えば、兄は私のために馬車馬の様に働いて。
……きっと、自分のために生きる事が出来なくなってしまったんだと思う。

それとも、毎日抜け殻のように通う私を、昔の自分と重ねているのかもしれない。
兄の昔の記憶は、人生の中で一番苦痛で、辛かった日々だ。

私を殺してしまうことで、その過去の自分と決別しようとしているのかも

なら、私はどうするべきなんだろう。

「……あにいちゃん、いい、もういい」

唇が腫れていて、喋ると歯に擦れて痛かった。うまく話すこともままならない。

涙と、血と、鼻水でぐちゃぐちゃの私を、兄は茫然とした様子で見つめていた。

その表情は、たくさんの感情が混ざった様で、無表情の様にも見える。

……私の胸倉を掴んでいた兄の手が、離れた。

壁にもたれて、兄は自分の顔を覆っている。

「……どこかに、行ってくれ」

小さく呟いた

私は痛みを堪え起き上がる。
制服はところどころ破れ、首の周りと、顔、目、口、どこも青く腫れていた。

足が重い、でも、歩ける。

今まで十六年間、地獄のような日々だったけど、兄を恨む気にはならなかった。
兄は、親が死んでも泣こうとはしなかった。そんな兄の泣き顔が、脳裏に焼き付いていた。

　