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……


落ち着け、落ち着け、私。
心臓が脈打つ音がやけにはっきり聞こえる。表紙に手を置いたまま、その双眸に吸い込まれるような錯覚にくらくらしそうだ。大丈夫、気づかれることはない、だって私は。


「久しぶりだな、きみとこうして話すのは」


私の持っていた一縷の望みはいとも容易く打ち砕かれた。終わった、そう悟る。違う、彼は、私と話しているんじゃない。もっと別の__


「…………そんな顔をするな。きみは笑っていた方がよっぽどいい」
「だれ、ですか」


喉から絞り出した言葉は酷く掠れていた。そうだ、私は彼を知らないのだ。そう思っていないと、正気を保っていられない。


「きみ、」
「来ないで、触らないで、それ以上近づいたら、」
「近づいたら、なんだ?」


彼は、鶴丸国永は、だからどうしたという風に笑う。秋風のように乾いた、そんな笑顔だった。琥珀色が溶けていく、その様に最早私は指一本動かすことすら叶わない。


「きみは以前俺の言葉を、想いを、“愛じゃない”と吐き捨てたが」


怖いと感じるのに、どうしてか寂しい人だと思ってしまった。空っぽだった。……なんでだろうか。


「俺はずっときみを好きだった。そうだな、愛していたんだ」


__鶴丸国永は()に干渉すべきじゃない。

昔、彼女はそんなことを言っていた。


『私は器、あなたは魂。別々のものが一個体(ヒト)を作っているんだから、そこに不具合(バグ)なんて起こったらどうなると思う?』

不具合、不具合とは一体なんだろうか。はるか昔、彼が想いを抱いていた女は沈黙し、そして、私の器へと姿を変えていた。彼は彼女に侮蔑、或いはそれと同じような感情を持っていたのではなかったか。……わからないことが多すぎる。


「俺は最初から(きみ)を見ていたのにな」
「そんなはずはない」
「じゃあどうして俺がきみを見つけられたのだと思う? ……(えにし)は既に結ばれていたのさ」
「鶴丸国永、あなたは、」
「今更そんな他人行儀な態度でいられるのかい? ひどいやつだな」
「……場所を移します」
「ああ、それがいいだろうな。賢明な判断だ」


彼、鶴丸国永は平然と私の手を取った。本を棚に戻す動作のひとつを取っても軽やかなもので、その動きはもう何年もここに通っていたかのような、そんなものだった。

この前と違うのは、その手が確かな温度を持っていたことくらいだろうか。


……

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作者名:木浪 | 作成日時:2020年4月21日 15時

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