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第32幕 ページ35

「…具合でもお悪いんですか?」


「は?」


歌をやめた直後に、いきなり腰を低くして聞かれた。

俺は若干潤んで溢れそうになった瞳を隠すように眉間を抑えて俯く。


「常磐田君」


「…なんだ」



「もし、もしこれからも頑なに貴方一人でやり遂げたいと言うのでしたら、僕はこれ以上言うつもりはありません。一夜はどうかわかりませんが…」


また呆れる説得を聞かされねばならないのかと気持ちは構えているはずだったが、なぜだか抵抗する動力は起きずに、その言葉を受け入れていた。


「ですが一人でためきれないことがあるのでしたら、それこそ俺たちにぶつけて欲しいと、一夜も思っているはずです。いえ、絶対そうです!そうしてください!」


徐々に低姿勢で発言していたのが気づけば対等に…寧ろ覆い被さろうと言う勢いで迫っている。


仁愛のようなものを込めたその眼は、真摯に俺を映して向き合っている。



しかし俺自身は?


奴の瞳から伺える己の顔色を見て、再び居心地が悪くなっていく。


なんて顔をしてるんだ俺は。どんな顔をしてるんだ、俺は。



「…わからないんだ」



心も脳も、筋肉から血液まで、自分の全てが悶々とした中で漏れだした言葉はそれだった。


藤本はわからないと言った由来がわからずとぼけた表情をしている。



「あっもしかして試験内容のステップとかですか?」


「違う!」


そんなことは全て覚えきっている。



「俺は…俺がわからない、お前たちがわからない。ミュージカルというもんがわからないんだ」


心の内で、すっかり砕けてしまったのか俺の口がそんなことを告げた。



「常磐田君は、それらを知りたいと思っているんですか?」



ミュージカルのこと、自分のこと…そして誰かのことを、俺は今まで知ろうとはしていなかった。


…そう、ずっと逃げてきたんだ。



ははっなんだよ、そんなの不格好じゃねぇか。


俺はずっと、肩肘張って震えて、何かに怯えてたのか。



歪の中に溶け込めない自分に、疎外感と情けなさを感じていたんだ。




「なぁ、教えてくれよ」



「はいっ!」

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作者名:和澄紫郎 | 作成日時:2020年1月24日 13時

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