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「ペン貸して」

　視線とともに自分のほうへ差し出された手のひらを見てAは首を傾げる「……なにするの？」と。
　そう呟くや小南の眉は危険な角度に吊り上がり、瞬時にいけないと察知したAは肩を竦ませた。

「なにって、この地図区画ごとに線引いただけじゃない！誰がどこを防衛するかとか色々書き込まないと、ゆりさんのオペレートに頼りっきりなんていいわけないでしょっ。ゆりさんは八人分の支援しなきゃなんないのよ？他にも色々書いて、全部頭に叩き込みなさいよ」

　「忍田さん」「林藤さん」「迅」「あたし」──……割り当てられた防衛地域にそれぞれの名前が大人びた字で書かれてゆくのをAは静かに見る。「クローニン」「桐山さん」「レイジさん」、そして最後に記された「成海」にどこか安堵するのを感じて、綺麗な輪郭をした横顔に目をこっそり移した。
　翡翠の輝くような双眸が気配を感じてAのほうに向く。視線がかち合ったことに小さく驚いたAだが、小南はそれを気にもとめずに言いやった。
　
「ぼーっと眺めてるだけじゃ意味ないわよ、あたしが手伝ってあげるんだから全部覚えなさいよね」

　厳しさはあったものの頼りになる言葉だった。またしても「う、うん」と同じ言葉しか話さないAに小南はおもしろくなさそうに鼻で嘆息するが、色つきペンを持ち地図に向かう眼差しに今回は見逃すことにする。気弱な返事とは裏腹に、表情は訪れる侵攻に臆しているような気配のない至極真面目なものだった。

　控えめな足音がリビングに近づいて、ひょこりと二人の様子を見にきたゆりが楽しそうに微笑みかけてくる。だいすきなゆりがやって来てくれて、Aは分かりやすく顔を緩めた。

「ゆりちゃん」
「あっゆりさん。おかえりなさい！」
「ただいま。桐絵ちゃん、Aちゃんになに教えてもらってるの？」
「ちょっと！ゆりさん冗談やめてよね！あたしが教えてあげてるのよ、先輩だからっ」
「ふふ、そうだったね。さっき美味しいいちご買ってきたよ。食べる？」
「いちご！？食べたいわ！」
「Aちゃんは？」
「食べたい、」

　少し寂しかった小腹に苺は嬉しかった。しかし Aの胸中を取り巻く不安はまだ消えない。手伝うと言ったのにバタバタと食器の準備に向かった小南にAが目を向けることはなかった。

　カラーペンのキャップを開け、身を蝕むような負の感情を忘れるべく地図にペンを走らせていく。