【WT】From 0 (ページ19)

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01｜なにも知らないページ19

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　どうかこいつらのことは任せてほしい

　存在しない心臓が大きな膨張と収縮を繰り返し流れていない血液も耐え難い全てのせいで足元に下りゆく。戦闘体なのでこれらは全て幻覚に過きないが弧月を持つ手の震えだけは決して勘違いではない。
　解体済のトリオン兵の背部から弧月を引き抜く。
　静かに息を吸う。彼らは見据えた。
　
「我々は」「この日のためにずっと備えてきた」

　喉の奥を締め付ける窒息感。嫌なほど濃い血と煙の充満。眼下に広がるおびただしい量の死。息絶えた光の未来たち。愛する町の終焉。目の前の全てはここから先のためのこと。自分たちの選択。
　瞬きひとつさえするわけにはいかなかった。手を下した自分たちが一秒でもその事実から逃げるわけには。

　辛うじて生き延びた市民たちは死体よりも余程それらしい死に顔で地に這いつくばり彼らを見つめている。夢なのかもしれない。ある市民は頬を抓る。痛かった。
　国が最大の武力行使ですら傷一つつけられなかった異界兵を彼らは剣のたった一振りで沈めてみせたのだ。安堵は勿論のこと今更遅いと叫びたがっている憎しみの感情も彼らにはよく伝わる。涙に紛れ懐疑的な瞳に虚ろ虚ろ自分たちを映されるのは分かっていたし、また当然のことだった。自分たちの存在を救いの手と例えられるには死体の数が多すぎるのだから。

　最大被害を予測されたここ──東三門地区は現時点で死傷者数が飛び抜けている。綺麗に殺されている者は多くなく、爆風で吹き飛んだガラスで掻き切られた四肢らしきものもそこら中で散見された。煮えた血の臭いに鼻を摘まんだりはせず、避難誘導のために軽傷者や気絶しているだけの者を彼らは探し回る。

　肩ベルトのちぎれたランドセル、片方しかない革靴、届かない腕を伸ばしたまま伏した上半身、逃げ道の途中で途絶えた血痕。攫われた者も多い。門に連れ去られてゆく叫声は戦場のどこにでも飛び上がっていた。
　まだ、遠いところからきこえる。

　動ける者だけの手を引き上げて行先を示していく。その方へ伸ばした人差し指が神の導きのようにも見えたのかありったけの安堵を噛み締めた震え声で感謝されたりもした。

　光を失った空がさらに黒みを増している。西からズルズルと迫り来る生臭い湿気の肌触りは実に不快で顔を歪めた。戦いづらくなるだろう。人の声が聞き取りづらくなるし足を滑らせたりすれば簡単に腕を持っていかれる。

　始まりの時刻から24時間が経過しようとしていた。