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聞いて呆れるが、彼がもし懸命の判断が出来る人間だったら、冗談じゃないとこの話を持ち出す前に断っている筈だ。現に青年は未だに「多過ぎると僕の身体に影響が出てしまいますし……」と呑気に考えていた。
彼がまともな人間だったら、悪魔だと名乗った時点で信用しないし、自傷行為に加担もしない、傷が塞がる所を見れば、気持ちが悪いと不気味がるだろう。
(──そうか。そもそも俺の前提が間違いだったか)
こうだと知って、正当な回答をする人間を傍から選んで居ない。それではつまらないから。
(本当、君によく似てるよ)
男はとある人間を思い浮かべて、懐かしむ。性格はまるっきり別物だったが、その人は青年とよく似ていた。
そして、その時交わされた約束も思い出す。随分長い間、放棄されて来た約束──
「……断らないんだね」
男は試しに問う。
しかし、青年は当然と言わんばかりに答えてみせた。それは質問にすらなっていない。
「はい! 悪魔と契約だなんて、人生80年と仮定してもほぼ皆無ですよ。こんなまたと無いチャンス、逃す訳ないでしょ!」
嗚呼、なんて愉快な人間なんだ。正に契約するに相応しい!
男は不敵な笑みを浮かべると、青年の腕を強引に取った。「うわっ!?」と声を裏返す青年を尻目に、服の袖をずり上げ、露出した手首に片手で器用にキャップを外したデザインカッターの刃を滑らせる。人為的に出来た赤い線からは血液が染み出し、ポタポタと滴るそれを銀の盃が受け止めた。
「うぅ、流石に痛いですね……合図ぐらいして欲しかったです」
「それはごめんと思ってるよ。後で手当てしてあげるから、もう少し……」
一定量を盃に溜めると、男は一旦銀の盃を床に置き、巻いていたマフラーの裾を破いて、青年の傷口を覆う。「悪魔も止血するんですね」と相変わらずの様子の青年に呆れつつ、簡易的に傷口の手当てを終えた。手当てされた腕を観察する青年に対し、男が「今はそれで我慢して」と言葉を投げる。
そして、今度は自分の腕を先程と同じ様にデザインカッターで斬り裂き、青年が持っていた金の盃を取り上げ、その中に手際良く一定量の血を注ぐ。次にコートのポケットから二本の小さな瓶を取り出し、その内銀の盃には葡萄の香りが漂う赤紫の液体を、金の盃には無色透明な液体を其々に注いだ。辺りに充満していた鉄臭さが微かに和らぐ。
「さっき言っていた葡萄酒と水ですね。なんだか料理をしているみたいです」
「強ち間違いではないけどね」
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作者名:十二月三十一日 | 作者ホームページ:
作成日時:2018年10月15日 20時