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天女が俺に視線をよこす。
触っていいですか、という疑問が暗に伝わった。

止める理由もないので促すことにする。



「……どうぞ」

「……どうも」



天女がそっと毛玉に手を伸ばす。
初めは指先で、続いて手のひらで覆うように茶色のそれに触れた。



「……ふわふわしてますね」

「毎日ちゃーんとお手入れしてますから!」



三治郎が答えた。

しばらく無言で毛玉に触れていた天女は、不意に破顔した。



「……ありがとうございます、本当に」



喜びを抑えきれない、幼子のような笑顔だった。



「どういたしまして!」



三治郎も嬉しそうだ。
他の一年生の空気も和らいでいる。



俺は横目で孫兵を見やる。
と、素早いことに、身を翻し飼育小屋の方へ歩き出していた。

追いかけるか。
……いや、先程までの険悪な雰囲気は消え去っている。



(大丈夫、だろう)



まだ委員会の途中であるし、後で合流した時にでも様子を、



「あの、ありがとうございました」

「へ?」



間抜けな声が出てしまった。
振り向くと先程より近くに天女が立っている。



「いや、俺は何もしてませんよ」



一年生の行動力、発想力に驚かされるばかりで。
あれよあれよという間に事が進んでいた。



「だから、です」



ふっと天女は微笑む。



「見守ってくれる人がいるって幸せですね」



天女の見やった先には一年生。

抜け毛の塊を中心に何やら賑やかに話している。その明るい表情に、俺は思わず口許を緩めた、が、同時に眉間に力が籠る。

情けない顔になっていないだろうか。



「ーー見守るなんて、立派なものじゃないですよ。……俺は、何もかも力不足で」



ポツリと呟くように俺は言ってーー少し後悔した。弱音を吐いてどうする。

天女は目を瞬いた。
驚いている、とは違うか。



「貴方と下級生と、お互い信頼し合ってるじゃないですか。独りよがりのものなんかじゃなくて。……それは“見守る”って言葉が成立するために、十分足りてると思います」

「……そうだったらいいんですが」

「……すみません。説得力のある事言えなくて」



天女が苦笑する。
その中に申し訳なさが滲み出ている。

この一時の間で、色々な笑顔を見た。この人、大きく偏っているが、かなり表情豊かだ。



「……今更なんですが」

「はい」

「貴方の名前、教えてくれませんか」



快く応じてくれた天女――蛍火さんを見て。
俺は肩の力が抜けるのを感じた。

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kanayamamoto112(プロフ) - 水の術者の67話どのようなお話なのか凄く楽しみです。水の術者主人公君の武器は見つかったのか気になります。 (7月1日 10時) (レス) id: 763c9aa7d5 (このIDを非表示/違反報告)
kanayamamoto112(プロフ) - 水の術者主人公君と火の術者ヒロインちゃんの合流楽しみです。次は2人のうちどちらが登場するのか楽しみです。 (7月1日 9時) (レス) id: 763c9aa7d5 (このIDを非表示/違反報告)
kanayamamoto112(プロフ) - 待ってました。水の術者主人公君とタソガレドキの押都長烈さんの心理戦楽しみです。続き楽しみです。 (7月1日 1時) (レス) id: 763c9aa7d5 (このIDを非表示/違反報告)
kanayamamoto112(プロフ) - 続き楽しみです。 (6月30日 16時) (レス) id: 763c9aa7d5 (このIDを非表示/違反報告)
kanayamamoto112(プロフ) - 凄く面白いですし展開が楽しみでドキドキしてます。作者さん体調には気をつけてください。 (2023年2月5日 23時) (レス) id: 763c9aa7d5 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ノート角 | 作成日時:2019年11月19日 15時

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