第四話 ページ5
Aside
「ありがとう、ありがとう…」
涼篤さんはそう言った。涙を流しながら。
『嗚呼、もう！
いつまでたっても慣れないな！ホント。』
札を貼り直しながら、俺はぼやく。
本当に慣れない。
人が死ぬのも、鬼が死ぬのも…
もう、夜が明ける。
東の空が、赤く染まっている。
鬼達の気配が、遠ざかって行く。
『よし、今のうちに、っと。』
俺は、地面に風呂敷を広げた。
日輪刀以外の唯一の持ち物だ。
その風呂敷の中には、
藤の花の表紙の、見慣れた帳簿が入っている。
帳簿というより、本かな。
それ程にそれは分厚い。
そして、風呂敷に包んであった別の箱から
慣れた所作で紙を取り出す。
手際よく墨をすり、
絵を描き始める。
・
この時ばかりは、私も女の子に戻らなきゃならない
顔の札を剥がし、帽子も取る。
髪に刺していた簪も抜く。
『ハァーーーッ』
一気に肺に空気を入れる。
『フゥーーーーーーーッ』
ゆっくり、ゆっくりと吐く。
自分の気配と共に。
周りが見えなくなっていく。
何も感じない。聞こえない。見えない。
静かに、静かに、筆を取る。
筆の先を僅かに墨に浸し
紙の上に滑らせる。
やがて形創られたのは、
二つの人型。
左上には、整った字で
【涼篤】
と書かれている。
そしてその二つの人型は、
一つは、つい先程見た、鬼の涼篤。
もう一つは…
人間だった。
だが、誰が見ても分かる。
これは
人だった頃の涼篤だ。
太めの眉毛に、凛々しい目。
その顔は…
笑っていた。
描き終えると私は、次の絵を描き始める。
さっきから、気になってる人もいるかな？
何で、第三者目線なの？って。
それはね、これが、
俺であって俺じゃ無いからなんだ。
俺だったらこの時、もう、気付いてただろうね。
木の陰に、
男の人がいるって。
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作者名：夜桜 | 作成日時：2019年10月1日 14時
