＊ ページ32
行き先に選んだのはお気に入りのバラ園。
特に花が好きなわけでもないけれど、どうしてか足を運んでしまう場所。静かで落ち着いたこの空間は誰にも邪魔されたくなくて、今まで誰一人連れてきたことは無かったのに。
彼女と、一緒に見たいと思った。
足を踏み入れ、眼前に広がる赤を目にした彼女はひゅっと息を呑んだ。じんわりとブルーグレイは潤みだし、1粒の涙が零れる。
何か、気分を害してしまったのだろうか。もしかして薔薇は嫌いだったのか…焦りあたふたとする俺を見て、彼女ははっとしたように目元を拭う。
「ごめんなさい、薔薇は色々思い出が多くて」
「いや……僕のほうこそごめんな」
「ううん。うつくんは悪くないから」
申し訳なさそうに瞳を揺らす彼女に、胸が締め付けられる感覚を覚えながら尋ねる。
「薔薇、きらいなん？」
「きらいじゃないよ。……むしろ好き」
「ほんならよかった……。Aちゃんには薔薇が似合うなって思っててんよ」
そう言えば彼女は、一瞬ぐっと何かを堪えるような表情をした後、儚げに微笑んだ。目を細めた彼女の視線は僕を射抜いて、けれど僕を通り越したその先を見ているような気がした。
「……きみも、そう言ってくれるんだね」
俯いて、溢れたちいさな呟きは僕の耳まで届く。
きみも、って、どういうこと。僕を、僕だけを見て欲しい。きっと彼女の頭にいるのは、あんな切なげな表情をさせるのは、僕じゃない他の誰か。それが、どうしても悔しかった。
「Aちゃん」
そう名前を呼んで、衝動のまま強引に引き寄せる。腕の中に閉じ込めれば、彼女は驚いたように目をまんまるにさせていた。
「すきやねん。……僕の、傍にいてくれへん？」
気づいたら口が動いていた。
彼女は肩を震わせて僕の胸元に顔を埋める。……また、泣かせてしまった。ごめん、そう口に出す前に彼女の腕は背中に周り、縋るように力は籠る。
「ずるい。本当に、貴方ってひとは……」
詰るようなその声は、甘く、切なく、心を揺さぶる。
風が、芳しい花の香りと初夏の匂いを運んで、2人を包んだ。
＿もうすぐ、夏が来る。
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野々宮蓮花(プロフ) - なななさん» 一緒に楽しんでいただけてとても嬉しいです。そう言って頂けて、企画主冥利に尽きます。こちらこそ最後までお付き合いくださりありがとうございました…！ (2020年9月21日 4時) (
レス) id: 720637d64b (このIDを非表示/違反報告)
ななな(プロフ) - 主催者さまはじめ、執筆を担当されました作者さま、素晴らしいお話の数々本当にありがとうございました。いつまでも続けばいいのに、と思うほどの素敵な作品しかなく胸を打たれる毎日でした。 改めまして、お疲れ様でございました！ (2020年9月21日 0時) (レス) id: 547b684aec (このIDを非表示/違反報告)
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