第百三十六話 ページ37
「じゃあ、な」
私の家の玄関の前。先生が月明りを背に私に笑いかける。
キラキラと先生の濡れ羽のような黒髪が光を反射して、一瞬だけ先生の瞳から視線が逸れる。
そしてまた先生の瞳に目を戻せば、あの灰色が優しく細められていた。
「あの、すごく、楽しかったです」
「あぁ、俺もだ」
ポケットに手を突っ込んだまま人懐こそうに笑い続ける先生に、どう笑みを返せばいいのかわからなくなる。ただ彫刻品のように完成度の高い彼の隣に立てていること、それがひたすら現実味がなくていつまでも見つめていられそうだった。
「それじゃあ、また学校で」
「あ、はい、また……!」
先生の言葉にはっとして、私はぺこりと頭を下げる。
そんな私の髪の毛を乱すように、いつもの彼の手が私の頭を撫でる。
それに反応し顔を上げるころには、先生は歩き始めていて大きな背中が向けられていた。
急に遠い存在であることを思い出す。
とても近くて、いつも毎日のように会うのに、とても遠い。
彼は教師で、大人で、私は学生で、子供だ。
だけど今日は、そんなこと忘れてしまうんじゃないかってくらい楽しかったの。
名前の呼び方もそうで、「先生」から「笹塚さん」。すごく恥ずかしかったけど、でも多分、先生だってきっと恥ずかしかった。
役職も肩書も年齢も関係ないって思えるような人間だったら、性格だったら、きっとこんなに難しくなかった。
いうつもりはない。
名前のついてしまったこの気持ちは心の奥底に沈めて、大事に鍵をかけて、なかったことにするしかない。
そうすることでしか、私はこの関係を大事にできない。
細い息を吐いて、私は振り向いて玄関の扉に鍵をはめ込む。
ガチャリと音がして、容易く開いた扉から洩れた明かりと喧噪はそっと私を現実に連れ戻してくれる。胡桃がきゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえて、急かされるように私は靴を脱いだ。
「ただいまー!」
「おねーちゃん!」
「よう、お帰り」
胡桃を肩車した暁が出迎えてくれる。
思わず笑みがこぼれて、私は鞄をあさって二人へのお土産を取り出した。
「はい、これ胡桃に。あとこれは暁に」
「わぁあ! イルカさん! ……とこれ、なぁに?」
「これはナマケモノっていうんだよー」
「ナマケモノさん!」
「マグカップか……コアラ?」
「それ、お湯入れたらイラスト変わるやつ。可愛いでしょ」
玄関で立ち話もなんだからとそのままリビングへ移動する。
少し暗い表情をした私に、幸い二人は気づくことはなかった。
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始まりの神:トワイライト・ジェネシス(プロフ) - みっちゃんさん» ありがとうございます!これからもバンバン頑張ります!一気に読んでくださってうれしい…これからも何卒よろしくお願いいたします!! (2019年5月11日 19時) (レス) id: 6c149362e0 (このIDを非表示/違反報告)
みっちゃん - このお話大好きです!一気に読んだんですけどすっごい楽しいです!これからも頑張ってください! (2019年4月4日 2時) (レス) id: b4edfa4067 (このIDを非表示/違反報告)
始まりの神:トワイライト・ジェネシス(プロフ) - あだ名がンゴって…さん» うわー!ありがとうございます!そういっていただけただけですごくうれしいです。コメント励みになります。これからも頑張らせていただきます! (2019年4月1日 21時) (レス) id: 6c149362e0 (このIDを非表示/違反報告)
あだ名がンゴって… - 初コメ失礼します。あなたの文才、ください(切実)めっっっっちゃ好きですもうなんなんですか大好きです。更新頑張ってください!!! (2019年3月31日 11時) (レス) id: d0cbd630d9 (このIDを非表示/違反報告)
始まりの神:トワイライト・ジェネシス(プロフ) - セツナさん» うっありがとうございます(泣)尊敬に値するようにもっと文才磨きます!ゆっくり亀さんに呪われていますが頑張って更新させていただきます! (2019年1月9日 22時) (レス) id: 6c149362e0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:∧∧ネコミミ∧∧ | 作者ホームページ:
作成日時:2017年6月25日 13時