1995年、夏 ページ1
今日も、何時ものようにギターを背負い家を出る。
一年前始めたそれは、早くも体の一部になりつつあって、触れない日の方が珍しい。
向かうのは近くの河川敷。午後だと人もそんなに通らない。
本当のところ、家でゆっくり弾きたいところだが、家族が煩いと言うので、しょうがない。
真夏の光がジリジリと照りつける中、アスファルトの道を歩く。
河川敷の橋の下は、影になっていて夏でも涼しいし、何より音がよく響く。
交通量の少ない橋なので、尚更である。最近のお気に入りの場所だ。
ケースから取り出したアコギは、何時も私の目にキラキラと輝いて映る。
周りに人がいないので、大きな音を出しても大丈夫そうだ。ピックも取り出す。
まずは簡単なコードを弾いて、指を慣らす。
そして、日が暮れるまでは本に載ってある曲を何曲も弾くのが最近のルーティーンだ。
橋の鉄骨などに音が当たり、また返される。
混ざり合った独特のこの音が、私は好きだ。
時計を見ると、もう６時ごろ。いくら近所といえ、そろそろ帰らないと母親がうるさい。
最後の一曲にしようと、お気に入りの曲を弾くことにする。
「ええ曲やなあ、それ。」
驚いて、顔を上げた。声をかけられるのはよくあることだが、でもそれは犬の散歩をする
おじさんやおばさんだったりで、同い年ぐらいの男の子に声をかけられるのは初めてだったのだ。
彼は、私の右側に座る。
「誰の曲なん?」
「知らない。」
嘘をついた。私の大好きなバンドの曲だ。
「何で知らんのに弾けてんねん(笑)」
6月1日、私の大好きなバンドが、解散したことをテレビで本人たちが発表した。
ライブにも行けなかった。悔しかった。
彼はこのバンドのことを知らないだろう。
「ええなあ、ギター。俺も早よしたいねん。」
「楽しいですよ、ギター。」
そう答えて、曲を中断した。ケースにギターを入れる。
私がケースを背負い立ち上がると、彼も立ち上がった。
「またここ、来る?」
「はい、最近はよく。」
彼は、ふーんと言い
「これ、やるわ。暑いやろ?」
と、缶のジュースをくれた。
「ありがとうございます。」
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作者名：松はら | 作成日時：2018年11月11日 10時
