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｢あの雲はハートみたいな形してる｣
｢……本当だ｣
｢あ、あそこの木だけ他のより大きいー｣
｢木の下にブランコがあるぞ｣
｢ほんとだ！｣
俺の手を引き早足で前を歩くAの後ろ姿が、景色に馴染んで桃源郷でも見ているかのような錯覚に陥る。
木の近くまで来てみると、遠目から見たときに感じたそれ以上に大きくて驚いた。吊り下げられたブランコも広い。ハンカチを敷いた上にAを座らせ、その隣に腰掛ける。木陰に吹き込む風は日差しの下より涼しかった。やや遠い潮騒が耳に伝わってくる。
｢修也くん｣
｢ん？｣
Aが俺の服の裾を引いて目を閉じた。これは｢ちゅうして｣の合図だ。お望み通りひとつキスをおくり、裾を引いている彼女の左手をやんわり外して自分の右手で包む。他者の姿が視界に映らないこの場所は、ふたりきりの世界のようだった。暫し涼んでいると、見ているだけは飽きてきたらしいAが立ち上がる。
｢隊長、海の方に行きましょう！｣
｢わかったわかった｣
海の雰囲気のおかげで忘れかけていたが、今の俺たちは探検隊だった。また手を繋いで、今度は波打ち際まで近寄る。
｢お水がある｣
｢海だからな｣
何を思ったのかAはサンダルを脱いで裸足になり、躊躇いなく水に両足を浸らせた。
｢A？｣
｢一度海に入ってみたかったんだよねー｣
｢探検隊はどうしたんだ｣
｢今日はもうおしまい！｣
実に気まぐれである。ちゃぷちゃぷと楽しげに水を蹴る姿を眺めていると、幼気な姿の中にどこか危うげな色香もあって心の臓がどくりと跳ねた。俺はAを心の底から愛しているが、それだけではなくやはり恋情もある。男というのは欲深いもので、怖がらせたくないし大切に包み込んでいたいのに、同時に下心も持ってしまうのだ。つい本能で手を伸ばしかけたが、小さなくしゃみの音で我に返る。
｢……そろそろ出てこい｣
｢はぁい｣
素直に戻ってきたAを横抱きにして踵を返した。風邪を引かせるわけにはいかないから、早急に濡れた足を拭く必要がある。じっと彼女に見つめられていることに気付きそちらに目を向けると、表情がふにゃんと緩んだ。
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作者名：おひめ | 作成日時：2023年1月31日 1時
