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「…代わりのキーケースが無くて」
「鍵1つしかないんだから、無くても大して困らないんじゃない?」
…ああ、こいつはこういう男だった。やっと見つけた逃げ道すら塞がれる。じわじわと追い詰められて、こっちが観念するまで容赦なく続く。分かってるくせに、狡いやつ。
「否定するなら上手に頼むよ。じゃないと私は期待してしまうからね」
声が少し震えていた気がして、テーブルの木目を睨みつけていた目線を上げる。
先程の笑顔とは打って変わって、緊張と苦しさを織り交ぜたような格好良くはない夏油が居る。傑、そんな顔も出来るんだ。知らなかった。ずっと一緒に居たのにね。
「これが2つ目。キーケースだけ返さなかった本当の理由は?」
言わなきゃいけない?なんて愚問は唾と一緒に飲み込む。吸い込まれそうな黒い瞳が私を捕らえて離さない。またしても退路を塞がれてしまったらしい。
言ったらどうなるのかな。信じたいけど、裏切られるのは怖い。嫌だ。
でも知ってる。怖いのは傑だって一緒なんだ。顔を見れば分かる。ずっと一緒に居たから。
「…忘れられなかった。これと一緒にくれた傑の笑顔が」
ずっと胸につっかえていた何かが腹に落ちた音がした。…なんだ、さっさと忘れようとしていたあれやこれは全部私の本音だったんだ。
馬鹿みたい。いい大人が2人揃ってキーケース1つに縋っているだなんて。外側を取り繕っていただけで、いざ蓋を開けてみればお互い未練でボロボロ。こんなものを心の拠り所にしていたなんて、滑稽にも程があるんじゃないか。
おまけにこんなに泣いちゃって。今までは1粒も涙なんて出そうにもなかったのに。
息を吐き出した傑が、今度こそ私の両手を包み込む。じんわりと暖かい。手も胸も。
「ごめんね、泣かせたくなかったんだけど」
「知らないよ。もう止まんないんだから、責任取って」
ぼろぼろと泣きながら軽く睨みつけると、傑は眉を下げる。手が離れていって、数秒後にはまたあの匂いに包まれた。落ち着く香りに胸が満たされると同時に逞しい腕が頭と背に回る。何度も「ごめんね」と言葉が降ってくる。
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狐うどん - 夏油推しなので最高でした! (2021年12月31日 12時) (レス) @page27 id: 36d16ee809 (このIDを非表示/違反報告)
ユコ(プロフ) - 唯梨さん» ありがとうございます^^同じ夏油推しさんに言って頂けるほど嬉しいことは無いです…! (2021年5月24日 12時) (レス) id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
唯梨(プロフ) - はじめまして。引き込まれて一気に読んでしまいました。夏油推しにはたまらないお話でした…。 (2021年5月22日 10時) (レス) id: 10a0ab61a8 (このIDを非表示/違反報告)
ユコ(プロフ) - うさん» 刺さりましたか!やったー!短編なので長くは続きませんが、もう少しお楽しみいただければと思います! (2021年5月13日 6時) (レス) id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
ユコ(プロフ) - もちうさぎさん» 今日中に完結する(予定な)のでお待ちくださいね! (2021年5月13日 6時) (レス) id: cf63eb9bb2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ユコ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/oorsayui/
作成日時:2021年5月8日 13時