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今は綺麗に傷が消えているが、確かにこの時受けた傷の感覚は頭に刻み込まれている。
確かに与謝野さんの云った通り、何時か消える傷よりも記憶の方が頼りになるな。
胸元にシワの残ったシャツを伸ばしながら、草を掻き分けて師匠の墓の前に立つ。
そして深呼吸した後、首に下げていたカメラと花束を墓の前に置いて、その隣に座った。
「ただいま」
心の中で、放浪中の事を報告する。
勿論、川での衝撃的な出会いや探偵社に入ってからの出来事も。
並べても並べても足りない程の経験をした私は、無限に話をして居られる気がした。
ふと夜空を見上げる。
そこには師匠と出会った時と同じような星達が広がっていて、胸が切なく締め付けられる感覚に眉を寄せた。
だが輝く星達を眺めるのは好きで、気が付けば夜空の世界へ引き込まれていく。
「人間みたい・・・・・・か」
師匠が云っていた言葉をぽつりと呟いた。
出会った時の言葉は、全て覚えている。
「今なら分かるな」
大きく輝く星があれば、微かに優しい光を放っている星もあって、人間のように個性を持って懸命に輝いている。
そしてそれらが関わり合う事で、夜空をキャンバス代わりに星座という形となって美しい世界を描いてくれるのだ。
人間関係は難しくも、時に美しいものを見せてくれるのと同じだと思う。
暫く星空を見上げていたが、首が痛みを訴えてきて仕方なく地面に視線を下ろす。
後悔を積み重ねながら生きてきたからこそ、生きる事は苦しいものだと心から思うが、今はそれが人間らしさだと愛おしくも感じる。
そう思えたのは、私に探偵社という居場所が出来た故の安心からなのだろう。
何だかんだで中也さんが私の事を受け入れてくれるのだって、不思議ではあるが嬉しい事である訳で。
「だから、生きようと思った。きっかけをくれてありがとう師匠」
探偵社に入るのだって、あの時師匠が『生きろ』と云わなければ実現していないのだ。
約束が無ければ、横浜に来る前に自害であれ何であれ死んでいた。
「だが師匠は、幸せだったのだろうか」
私を蘇生しなければ、死なない道なんて幾らでもあった筈なのに。
本当に師匠にとっての最善だったのか。
目を瞑って風の音だけに耳を澄ましていると、不意に懐かしい煙草の匂いがした気がした。
師匠がよく使っていた物で、服にも部屋にも染み付いていた匂い。
何故、苦しいのだろう。
『莫迦。幸せだったから、お前に生きて欲しかったんだろうが』
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風と衣(プロフ) - Rio*さん» ありがとうございますm(_ _)mゆっくりと休ませて頂きます!今コロナ感染も多くなっておりますので、この時期の体調の変化にはお気を付け下さい!コメントは励みになるので、嬉しかったです(*^^*) (2022年7月14日 9時) (レス) id: 11e2fd2044 (このIDを非表示/違反報告)
Rio*(プロフ) - しっかり休んでくださいね😢ご自分のペースで更新頑張ってください!! (2022年7月14日 0時) (レス) id: 31d091d700 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:風と衣 | 作成日時:2022年7月10日 0時