・(過去編) ページ27
Aは涙を流しながら、こくりと頷く。
「お前は、自由に生きろ。この世界は知らない景色、知らない考え方や生き方が山ほどある。悩んで苦しんで迷って、いつか心から生きたいと思えたら、僕の墓の前でまた会おう」
「その時は、お前の見た景色や出来事も教えてくれ」
師匠も姉さんも居ない世界で、どう生きれば良いのか分からない。
それがAの本音ではあったが、師匠との約束となれば断る筈もなく、「・・・・・・分かった」と不安げに呟いた。
「なんて顔してるんだ」
師匠は困ったように笑い、懐から短刀を取り出してAに渡すと、その瞬間ずるりと師匠の躰が地面へ落ちる。
Aはそれを支えきれずに、師匠の頭だけ何とか後ろに手を回して守った。
師匠が向き合ったAの頬に触れる。
「名前を・・・・・・。最期、くらい」
最期なんて云わないでくれ、と喉から出かかって、Aは静かにそれを飲み込んだ。
云ってしまえば、余計に苦しくなる気がしたのだろう。
「千里・・・・・・」
Aはその時、初めて師匠の名前を呼んだ。
唯一、師匠がAに教えていた下の名前を、涙混じりに、だがはっきりと呼んだ。
「ありがとう。・・・・・・済まないな」
師匠——千里は、何かが報われたようなすっきりとした表情で笑う。
「何故謝るんだ。・・・・・・またな」
来世でも何でもいい、さよならだけはしたくは無い。
Aは泣きながら不器用に作り笑いを浮かべた。
千里は安心させたいが為の笑顔だとすぐに分かり、Aの頭を最期に慈しむように撫でて目を閉じる。
死んでしまったとは思えない姿だった。
眠っているとしか思えない姿だった。
だがその目は二度と開く事は無く、Aは残された形見の短刀を握りしめて、一人疲れきって眠るまでその場で泣いていた。
──────
『大事な人の命を犠牲にしなければ、自分は生きていけないのか』
姉さんに蘇生して貰い、師匠から蘇生して貰い、一体何度生死を繰り返せば良いのだろう。
その上、結局居なくなってしまうのは大事で守りたかったあの人達の方なのだ。
こんなの、可笑しいじゃないか。
誰かを犠牲にして生きる命なら、ドブ川にでも捨ててしまいたい。
だから私は、証明の為に強さを求める。
これ以上誰も犠牲にする事は無いと。
私は人を守れると、証明したくて。
与謝野さんに見られるまで躰の傷を残していたのも、この時の悲しさも苦しさも師匠の声も一つ残らず覚えておきたかったから。
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風と衣(プロフ) - Rio*さん» ありがとうございますm(_ _)mゆっくりと休ませて頂きます!今コロナ感染も多くなっておりますので、この時期の体調の変化にはお気を付け下さい!コメントは励みになるので、嬉しかったです(*^^*) (2022年7月14日 9時) (レス) id: 11e2fd2044 (このIDを非表示/違反報告)
Rio*(プロフ) - しっかり休んでくださいね😢ご自分のペースで更新頑張ってください!! (2022年7月14日 0時) (レス) id: 31d091d700 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:風と衣 | 作成日時:2022年7月10日 0時