・(過去編) ページ26
震える声を絞り出しながら、Aは師匠を見上げる。
ずっと前、それこそ師弟として過ごし始めた頃に師匠が話したその事実を、Aはずっと覚えていた。
だからこそ、今の状況の恐ろしさに身を震わせているのだ。
師匠は「そうだな」としか云わず、目を瞑っていたかと思うと、どさりとAの方へ倒れる。
肩に頭を預けた師匠の呼吸は苦しそうで、それが何を意味するのかAは悟ってしまった。
それもそうだ。
本来なら出来る事のない、一度死んだ人間の蘇生をして、無事でいられる筈が無いのだから。
つまり、これは対価交換のようなもの。
「師匠が死ぬなら、私も連れて行ってくれ。置いていかないでくれ。残されるのはもう御免だ!」
「それは、出来ない」
師匠は弱々しくもはっきりと拒絶した。
Aは顔を歪ませて師匠の服を握りしめ、大粒の涙を溢す。
「なら、師匠も生きてくれ。っ何故、何故私を生かした!っ何で、命は渡せないんだろう。どうしてまた、私の所為で・・・・・・」
Aは師匠の死を間近にして、子供のように泣きながら云った。
服を掴む手は震えていて、俯いているAの表情も師匠からは伺えない。
だが絶望した者特有の不安定な雰囲気を感じ取り、師匠は優しくAの頭の上に手を置いた。
「A」
Aは涙で潤んだ瞳を師匠に向ける。
師匠は宝石のような琥珀色を見て、 眩しそうに目を細めた。
『私を拾ってくれたのが師匠で良かった』
Aの固まっていた表情が融けて、初めて無邪気に年相応に笑ってくれた時の事が、師匠の頭を過ぎる。
『僕じゃなくてもお前なら——』
『師匠だったから、私は希望を持てたんだ。師匠が、私を救ったんだ』
云い聞かせるように云うAの瞳は、何処までも真っ直ぐで優しくて、師匠はその時心の中でも読まれたのかと思った。
親の後を継いで殺し屋になった師匠は、幼少期から血生臭い匂いに囲まれて育った。
殺めて、殺めて、殺めて。
何度人を殺したかもう数えられない。
それでも本当に憧れていたのは、誰かを守れるような存在だった。
笑われるかも知れないと、全て押し殺しながら生きてきて。
だからこそAの言葉に、師匠の心も救われた。
A自身はそういう意図があった訳ではないと分かっていたが。
もうこの琥珀色を見ることが出来なくなると思うと、師匠は心に穴が空いたような淋しさと同時に愛おしさを感じた。
「・・・・・・頼む。一つ、約束してくれるか」
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風と衣(プロフ) - Rio*さん» ありがとうございますm(_ _)mゆっくりと休ませて頂きます!今コロナ感染も多くなっておりますので、この時期の体調の変化にはお気を付け下さい!コメントは励みになるので、嬉しかったです(*^^*) (2022年7月14日 9時) (レス) id: 11e2fd2044 (このIDを非表示/違反報告)
Rio*(プロフ) - しっかり休んでくださいね😢ご自分のペースで更新頑張ってください!! (2022年7月14日 0時) (レス) id: 31d091d700 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:風と衣 | 作成日時:2022年7月10日 0時