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伏黒と少し間隔を空けて立つ水巫は、雨が目に入るのも気にせずに空を見上げていた。
「伏黒くんは優しいよ」
彼女がぽつりと溢す。伏黒は黙って聞いていた。
「貴方は目の前の人だけじゃなく、さらにその先の人も見てる。だからあんな風に虎杖くんに言ったんでしょ」
「…」
「私は伏黒くんみたいに誰かを考えてああ言ったんじゃない。ただ、純粋に誰かを助けても何も得られないって思ったから」
水巫が下を向く。髪が、俯く彼女の顔に張り付く。そのせいで伏黒は、今水巫がどんな顔をしているのか窺うことはできなかった。
「じゃあお前は、なんで呪術師になったんだよ」
伏黒はずっと疑問に思っていたことを口にした。
虎杖は正しさに満ち溢れ、それに固執した男だった。だからこの仕事が向いているのではないか、と伏黒は思った。
だが水巫はどうだ。
彼女は既に呪術も扱えるようになり、先程も攻撃を食らったとはいえ、最初の二発は避けられるほどのポテンシャルは持ち合わせていた。
しかし、そもそも彼女に人を助けたいという熱い気持ちは虎杖ほどはないように見えた。
学校の一件では確かに人を助けてはいたが、この先顔の知らない誰かを守りたいと思うほどの熱意は感じられなかった。
あの時、オロチが伏黒を気にすることもなければ、恐らく彼女はこの界隈に現れることもなく一生を終えていただろう。
なぜなら水巫Aは呪術師にも、他人にも興味がないからだ。
伏黒の質問に、「またその質問か」と水巫は笑った。
「___私は、生きてる実感が欲しいだけだから」
そう呟いた水巫は、悲しそうだった。
しかし、瞬きを一度すると今度は伏黒に顔を向ける。
「でも、五条先生が、貴方たちと過ごせば人を助けたいと人が思う気持ちも分かるようになるって言ってた。だから私はその時を楽しみにしてるの」
水巫がにっと笑う。
伏黒はその時、ようやく真正面から彼女と向き合った。
あぁ、目の前のこの少女はなんて美しいのだろうか。
場違いにも、伏黒はそう思う。
水巫は人とは思えぬほどに美しかった。だからこそ、彼女の心の人らしさは失われていったのだろう。
「………恵でいい」
「え?」
「名前だよ」
伏黒はぶっきらぼうに言う。水巫は理解するとぱあっと笑顔になった。雨が似合わないほど晴れやかだった。
「分かったよ、恵。私のこともAでいいから」
「あぁ」
A。その名前を口にしようとした時、二人は生得領域が閉じるのを感じた。
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佐藤れい(プロフ) - 林檎さん» 感想ありがとうございます…! とても嬉しいです、まだ明かされていないことも多くてむず痒い点もあると思いますが、それも込みで今後も楽しんでいただけると嬉しいです! これからもよろしくお願いします! (2020年11月28日 10時) (レス) id: 4f8cc240de (このIDを非表示/違反報告)
林檎 - こんな夢主ちゃん待ってました。すごく面白いです。シリアスが儚い雰囲気の夢主ちゃんにぴったりで素敵です。更新頑張って下さい、応援してます。 (2020年11月28日 0時) (レス) id: 67c87e380d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:佐藤れい | 作成日時:2020年11月22日 18時