第八話 ページ8
(好きだとは、思ったけど、)
時透との会話がなくなって早二十分弱。
こうまで沈黙が続くと、些か焦りが込み上げてくる。
沈黙の中話し始めるのは気まずい。かといってこのままなのもかなり気まずい。
(何か話題………。あ、お茶美味しいですねって………。いや今さらか?)
半ば頭を抱えるように、Aは考えた。
「え、っと、時透様のお名前、無一郎って、良い名前ですね。」
結果、思いついたのがこれだ。
「そう?」
「はい!」
何とか続いた会話に、Aはほっとする。
最悪一人語りでも仕方がないと思っていたAは、にこにこと嬉しそうに話し始めた。
「何か、無限の強さとか、可能性は無限にある! みたいな。良いお名前です。」
何気なく、Aはそう口にする。
「………えっ?」
小さく発した声の後、驚いたような惚けたような顔をする時透。
何事にも関心の薄そうな彼の目が、今は見開かれていた。
「えっと、どうされました?」
「いや、」
言葉を濁して地面を見つめていた時透は、しばらくしてぽつんと、
「昔、同じこと言われた気がする。」
そう言った。
時透は、記憶を保っていられない。
前に聞いたその話を裏付けるように、彼はぼんやりと日の光を浴びていた。
「そうなんですね。」
Aはその後に続ける言葉が出てこなくなって、口ごもる。
何を言えば良いのかわからない。
けれど、彼の中にあるだろう不安を少しでもなくしたい。
彼の霞のかかったような目に、光を差したい。
「無責任を承知で言うんですけど………きっと大丈夫です。きっと思い出しますよ。」
本当に、無責任だ。
薄っぺらな言葉しか出てこない。
Aはそんな自分を恨めしく思いながら、ゆっくりと告げた。
「私がとやかく言えることではないんですけど、時透様なら大丈夫です。頭の中の霞もいつかきっと晴れますよ。」
「………それ、」
「え?」
地面から空へと視線を移しながら、時透が言った。
「それも聞いたことある、気がする………何だろう。」
記憶を引っ張りだすように目を伏せる彼の横顔から、Aは地面へと視線を逸らした。
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作者名:夢見草 | 作成日時:2021年1月2日 15時