No.０５ ページ5
「フツウにイきてれば、コウコウ３ネンセイだったのに」
雛の明るい調子で曇ったその言葉に、貴は彼女に覚られないよう、
ぶるり、と身震いをした。
何で狂った様な事をしてしまったのだろう。
貴には残念ながら雛を捕らえている間の記憶があまり無かった。
本能のままに生きていた様だった。
「貴、紙と鉛筆、消しゴムを貸して」
貴は雛に言われるまま、階上から筆記具を持ってきた。
ありがと、と言うと彼女は直ぐに何かの作業に移った。
「反省してる」
「分かってる」
また俯き、貴は謝ったが、雛の顔から笑顔が消える事は無かった。
顔を此方に向けていなかったので、本当に笑っていたかは分からないが。
雛は檻の中で何かをひたすら書いていた。
貴の方には眼をくれず、がしがしと書き付けていた。
「出来た、水彩町の見取り図」
貴は眼を丸くした。
雛が持ち上げた紙には、繊細なタッチで町の全体像が描き出されていた。
鉛筆１本でここまで色々と表現出来るだなんて。
彼は感嘆した。
「水彩町、で合ってるよね？ひよ達の町の名前」
「あ、うん。合ってる」
凄いね、と言う事に申し訳無さを感じて、貴は口を閉じた。
雛は達成感を噛み締めているのか、口元が妙な形に歪んでいた。
貴と雛の住んでいる町の名前は「水彩町(すいさいちょう)」。
雨が降らず、そこに生活する人々は地下から湧き出る水を
頼りに生きている、そんな町。
貴が雛を捕らえていたのは実に３年間。
両者共に３年間の記憶がほぼ無くなっていた。
けれども、互いに信じあっているのは確かだった。
何も言わないが、心では通じ合っている。
２人共、その距離感に心地好さを感じていた。
貴は階上へ行き、真新しい黄色いジャンプスーツを持ってきた。
再び部屋を出て、今度は桃色のジャンプスーツを持ってきた。
「ひよこ、はこっちの黄色いジャンプスーツ、私はピンクの方」
「あぁ、そうだったね、貴はピンク好きだったね」
そう言葉を重ねた後、少し間があった。
雛は顔を赤くしてまくし立てた。
「いやひよが着替えてるとこ見てる気！？正気か？」
貴はびくっと肩を揺らし、雛の顔を見ずに部屋を飛び出した。
雛はふぅんっ、と鼻から空気を出すと、重い扉を勢い良く閉めた。
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