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今日の父は、珍しく帰りが早かった。
いつもは、わたしが寝る前に家を出て、私が寝た後に家に帰ってくるはずなのに、今日はやけに早い。
「おかえり、お父さん。今日は早いんだね」
「嗚呼、今日はすこし早めに切り上げられたんだ。」
目尻あたりに優しげなシワがよる。
父もだいぶ老けた。地下街に来てからは、尚更…
「…なぁ、A。外の世界に、興味があるのか？」
「…？少しは、あるけど。どうしたの」
私には、父の質問の意図が全く分からなかった。
「そうか。実は、俺も興味がある。」
そう答えた父の表情は、分からなかった。
でも、声色はどこか落ち込んでいて、父らしくなかった。
「それが、どうしたの」
「…いや、なんでもない。ごめんな、いきなり…」
ぱっと顔を上げた父は、いつもと同じく柔らかい微笑みを浮かべていた。
「壁の外には、本当に巨人しかいないのかな…」
ふと、私が疑問を洩らす。
これは、以前からずっと気になっていた事だった。
「…どうだろうな。巨人しかいないかもしれないし、なにか別の生物がいるのかもしれないが…。」
父と目が合わない。
「もしかしたら、壁の外にも人がいるかもしれない…。」
とくん、と、心臓が脈打つのを感じた。
「壁の外は、可能性を秘めていると思う。お前と同じだな、A」
わたしは、益々父が分からなかった。
壁の外が、可能性を秘めている…？
そしてそれは、私も同じ…。
父の言いたいことが、考えが、全く分からない。
おそらく、そんな私の心境は分かっているはずなのに、父はただただ、どこか一点を見つめていた。
「Aはまだ若いよ、これから色んなことを経験するだろうし、沢山の事を経験して欲しい。」
「普通の人ならできない所まで、Aならやれる。お前には、目的をやり遂げる力がある。」
今日の父は、よく喋るなと思った。
「だからこそ、行って欲しいんだ、壁の外に。外にある何かを、その目で確かめてくれ。…いつか、絶対に。」
少しだけ力を込められたその言葉は、私の鼓膜に焼き付いた。
「…うん。わかった、約束する。」
父とようやく目が合った。
なんとなく、逸らしてはならない気がした。
「ありがとう。」
そう言って私の頭を優しく撫でた父は、無言で荷物を持って家を出て行った。
止めなければ会えなくなる、と直感したが、私の足は動かなかった。
…結局、父はそれ以降、帰ってくることはなかった。
わたしの心に、呪いを残して…
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作者名：来世は春菊 | 作成日時：2023年11月25日 23時
