深い宵と寒い朝 ページ3
チクタクと時計は時を刻んでいる。枕の中から立ち込める深いこの香りは、間違いなく銃兎のものでとても安らぐ。
けれど何か違う、これじゃない。
すっくと立ち上がってリビングへの戸を開ける。
そこには普段の面影のないラフな姿の銃兎がソファに腰掛けテレビを眺めている。
何の躊躇いもなく、彼に横から突進して、抱き着く。
ようやく、安心できた。
横腹に顔を埋めて目を閉じる。早まっていた心臓が穏やかに一定のリズムを刻み始めた。
朝目覚めた場所は、彼の寝室だった。
態々運んでくれたのか、と感心しいている途中で隣に銃兎がいないことに気づく。
渋りながらダイニングに行けば机の上に書き置きがあり、その横に朝食があってラップがかかっている。
"朝早いので先に行く。
朝食は温めて食べるように。"
「………几帳面だなぁ。」
朝食の乗ったトレイを片手で持ち上げ、電子レンジにいれる。
アイロンを使ってシャツのシワを伸ばし、パジャマを脱いで即座に着る。
時代遅れのストーブの上にやかんを置き、湯を作る。
温まった朝食からラップを取り去り、少し冷めるまで待つ。
カップにインスタントのコーヒーの粉を入れ、シュンシュンとなるやかんからお湯を注いだ。
「いただきまーす」
中途半端に着替えた格好も気にせず、朝食に手を伸ばす。
今日はフランスパンに、ミネストローネ(スープの量が多い)と簡素なものだったが、美味しい。
「ごちそーさまでした。」
彼が居ないのを良いことに、冷蔵庫を漁ってカスタードプリンを取り出した。
甘いプリンとコーヒーは絶妙で、両方が手元にあるときは必ずこの組み合わせをする。
テレビでは中央区の事、各ディビジョンのラップバトルの事が報道されていた。
そういえば銃兎も横浜の代表だったな、とコーヒーに口をつけながら考えた。
あくまでも私と彼の関係は、幼馴染みであり、友人以上恋人未満である。
例えば、代表ラッパーになったことを教えてくれなかったことも、彼のプライベートや心の決まり事に基づいて行っているのだから。
全てを打ち明けてほしい、なんて過度な期待はするものではないのだ。
銃兎の居ない朝は少し寒く感じた。
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作者名:秋霖時雨 | 作成日時:2018年12月10日 18時