夜の国

プロローグ ページ1

ーーーー例えるならそれは、暗く凍えた水の中を揺蕩うような感覚だった。
これが、死ぬ、ということ。
狂王と呼ばれた殺戮のサーバントは、無感情に、ただ淡々と、そう受け入れて、瞼を閉じた。
マスターの少女が目を見開く。
眠りに堕ちていく。それがつまらないような、安堵するような。自身に芽吹いた不可解な思いすら、闇の中へ融ける。

ーーーーだというのに。

｢······あ？｣

クー・フーリン【オルタ】は目覚めていた。
顔をあげれば白い月。見渡す限りの残骸と、雪のように降る白い灰。
生き物の気配はなく、風すらもなく、静かなーーーー静かすぎる世界。
自らの魔術回路を探るも、マスターとの繋がりは切断されている。2、3日の猶予こそあれ、肉体は消滅するだろう。
こんな時だからか、マスターの言葉を思い出す。ニンゲンは死ぬと死後の世界とやらに魂だけが向かうらしい。ならばここは死後の世界とやらなのかもしれないと、自己完結を下した。

見渡す限りの退廃と崩落。
目に映るのは、鈍色の空と建造物の残骸。

荒廃した大橋が、唯一形を保っているといっていい。さぞ大きな都市であったのだろう。
観察がてらと、一歩を踏み出した。

獣めいた足跡を残しながら徘徊する狂王の耳に音が聞こえてきたのは、そろそろ歩くことに飽きた頃だ。最初、それはただの音でしかなかったが、繋げていけば意味を成す音階と歌詞だと気がつく。

どうやらこんな世界にも生者はいるらしい。

闘える相手、嬲る肉体がある。狂王は獣のように駆け出した。

｢······ここか？｣

長い階段を登りきった先の建物は、教会だった。廃墟の様相だが、ここだけが不思議なことにまだ形を保っている。
訪問者を阻む役割を放棄した朽ちた鉄柵を、わざと獰猛な爪で盛大に突き壊しながら侵入する。

歌が止んだ。

宝具の類の反撃を身構えたが、先攻をとる様子はない。

｢チッ、腰抜け｣

まだ見ぬ相手に舌を打ち、ならば遠慮なくと戸を蹴り破る。


頭上には月。
白く冷たい光の下、狂王が求めた戦士の姿はそこになかった。
代わりに、少女がひとり、祈りを捧げていた。

｢······だれか、いるの？｣

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