Valentine. ページ1
＊
2月14日、午前5時半。
世間が浮かれ気分となる前に、アタシはただ一人硬直状態で鍋を見つめていた。
「……。 ……どうしテこうなっタ？」
鍋の中に分散したチョコレート水を眺めながら、アタシはアタシ自身に困惑する。
レシピ通りにやっていたつもりだったのに、開始10分もしない内に目の前には早くも『失敗』の文字がちらついている。チョコレートの分量も湯の温度も確認したというのに、明らかに何かが " 違う " 現状にアタシはただ茫然とすることしかできなかった。
「お早う。 随分と鍋を見つめているが、何かあったのか」
どれほどの時間キッチンに立ち尽くしていたのか、今となっては分からないが、アタシが軍人の声で我に返った時、困惑も落胆もすでに遠い世界の話かのように思えていた。否、そう思う事で目の前の悲惨な状況から逃避したかったのかもしれない。
「特に何も無イ」
「何も無いのならば、そんな場所には居ないのだろう」
「……何も、無いシ」
「……そうか」
普段なら図星を突かれても突っぱねて否定するであろう事も今日のアタシはやけに情けない返答しかできなかった。
最近は友人の手を(最小限しか)借りなくとも、まともに料理ができるようになり始めていたのだ。「今日ならいける気がする！」と意気込んだアタシの根拠のない自信が瞬く間に打ち砕かれた無念をどうやって言葉に表せばいいものか。
「どうやラ、アタシにハ料理が向いていないらしイ」
自嘲にも似た呟きは、分かっていたはずの事実を突きつけられたような気がして余計に胸が痛んだ。
「例え向いていなかったとしても、努力することは決して無駄にならない。 積み上げた時間も想いも必ず自分の為になっていく、と私は思うがね」
「……、なんかムカつくナ」
「何か気に障る事を言ってしまっただろうか」
「別ニ。 強いて言うなラ、八つ当たりダ」
真っ直ぐで正しすぎる言葉が、今のアタシには身に染みて、少しだけ痛かった。ただ、それと同時に過去のアタシが救われたような気がする。
こんな感覚になったのは一度や二度の事では無かった気がして顔を上げたが、それを伝えるのに相応しい言葉が見当たらず小恥ずかしくなってもう一度目線を落とした。
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