96 共鳴のしるし ページ46
冷めた紅茶を飲み込み、何度目かのため息をつく。
そんな私を神童は、馬鹿にするでも慰めるでもなく見ていた。
男子の、あろうことか神童の目の前であんな醜態を晒してしまっては、どう取り繕えばいいのかわからない。
いっそのこと笑い飛ばしてくれればと思ったが、そうしてくれる気配もなかった。むしろ、
「Aはさ、俺の演奏をどう思う？」
不意にそんなことを聞いてくる。
神童の演奏。そんなの褒めるところしかない。
「曲を自分のものにしてる感じがする。共感能力……みたいな。それが高いのかなって。とにかく人の心を動かす何かを持ってるんだと思う。あとは単純にミスタッチがないのがすごいし、魅せ方も……」
指折り数えながらそこまで喋って、はたと口を閉じる。
──気持ち悪かったか、今の。早口でまくし立てるなんて。そう思って反応をうかがったのだが。
神童の頬は赤く染まっていた。机の上のティーカップを凝視しながら、自分の前髪をいじっている。
「え、あの」
思わぬ反応に戸惑った。こちらの顔まで赤くなった気がした。
神童は笑みをひとつ零し、照れくさそうにしながら言う。
「いや……Aにそうやって改めて褒めてもらえるのが、嬉しいんだ」
「そ、そっか。よかった」
「お返しに俺もAの演奏のいいところを……そうだな、パッと思いつくだけでも四、五個は言える」
不意打ちの言葉にぎょっとする。
神童はこちらの顔を覗き込んでくる。言いたくて仕方がないというように。
「いや、今は……ちょっと」
「どうしてだ？」
目を逸らす。その先にあったのはバイオリン。
忌々しい思い出の象徴だったそれは、今はどこか誇らしげにケースの中に収まっているような気がした。
「どうしても」
──純粋に褒められなんてしたら、頭が沸騰してしまいそうだからなんて言えない。
それから私たちはカノンを弾いた。観客はいない。
神童のピアノは、当たり前だが飛躍的に上達していた。嫉妬の念は起きず、純粋な尊敬が胸の内から湧き上がってくる。
私は途中、何度も間違えた。けれどすぐ立ち直して、また弾き始める。
音楽のプロから見たら、ダメ出し連発の演奏だっただろう。それでもよかった。神童とまたこうして二人で弾けることに意味を感じていたのだから。
バイオリンとグランドピアノが、差し込む夕日の光を受けて輝いていた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
