89 埋まらない差 ページ39
神童の演奏は、深みと表現力と繊細さを十二分に兼ね備えていた。
もちろん客観的に見たらまだ子供らしい拙い演奏だったかもしれないけれど、それでも当時の私は雰囲気に呑まれて口が半開きになっていた。
どう感想を言っていいかわからず「大人の演奏みたい」とだけ零すと、神童は恥ずかしそうにはにかんだ。
そんなピアノと合わせるわけだから、私は今までよりも練習に力を入れた。
音の強弱、表現をつけることは大前提。あとは自分らしさを出すことも忘れずに。音楽漬けの日々は大変ではあったけど、充実していた。
一緒に時間を過ごす中でなんとなく神童と意気投合し、練習以外の日でもたまに遊びに行くようになった。
その時でも当然演奏をする。コンクールの課題曲を練習したり、お遊びで他の曲を弾くこともあった。
こんな会話をした記憶がある。
「Aさんはすごいね。二、三回くらい曲を聴いたら、もう譜面を見ないで弾けるなんて」
「五線譜を読むのがしんどいだけだよ」
「だとしてもすごいよ。僕なんて、一通りさらうのにすごく時間がかかるんだ」
「でも表現力がすごいじゃん」
「えっ、そう、かな。ありがとう……Aさんの演奏もすごく凛としてて、かっこいいなって思うよ」
「ありがとう」
神童は物心ついた時から鍵盤を触っていたらしく、親に言われてピアノをやっているみたいだったが、本人は楽しそうに見えた。
譜面を見ながら正確に音を作っていく神童と、耳から入ってざっと全体を把握する私のやり方は正反対だったが、それでも互いを尊敬していたように思う。
こんな会話もした。
「Aさんは、僕といるの楽しくない……？」
「なんで？」
「なんでって……その、あんまり笑わないから」
「楽しいよ、神童くんと遊ぶの。笑わないのは元から」
「本当？ 嘘じゃない？」
「うん。家でもこんなんだよ」
「よかったあ。演奏するのもそうだし、お互いの学校の話とかするのも、Aさんが相手だとすごく楽しくて」
「私も」
「ね、中学生になっても高校生になっても一緒に弾いたりしたいね」
「うん、いいよ──」
神童は涙脆いところもあったけど、それ以上によく笑った。ウェーブのかかった髪を揺らして、無邪気に。
屋敷で過ごす時間は楽しかった。お互いの演奏を褒め合ったり、くだらないことを共有したりできる相手というのは、何にも代えがたい。
だけど音楽的なセンス、技量は神童の方が圧倒的に上だった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
