51 ささやかな一時 ページ1
「なんだ、そんなことか」
神童はそう言って、カバンをフィールドの隅に置きに行く。
付き合って、くれるのだろうか。本当に。
遠いと思っていた望みは、あまりにあっさりと叶ったようだった。
「サッカー経験があるなら、言ってくれればよかったのに。水臭いじゃないか」
「うん……そうだね」
ボールを足で弄び、前を向く。
これが終わったら……話そう。少し前までの自分の中に渦巻いていた、どうしようもなく暗い感情のことを。
フィールドにそよ風が吹いた──それが合図だった。
一気に切り込むが、さすがは神童。そう易々と突破させてはくれない。
ボールを奪われないよう、緩急をつけながら翻弄する。だが一瞬の隙を突かれブロックされてしまう。
負けじと食らいつくも、さすがの技術力に舌を巻く。当たり前だ、神童も伊達に雷門のキャプテンをしているわけじゃない。
嗚呼──楽しい。誰かと一緒にサッカーすることが、こんなに楽しかっただなんて。
ボールを追いかけて、キープして。サッカーって本来、こういうものなのだ。身体の動かし方が、駆け引きが、選手の数だけ存在していて、切磋琢磨して強くなって。
なんで、忘れていたんだろうな。
その時。
ごちん、と鈍い音がして、目の前が明滅する。
夢中になりすぎて、お互い盛大におでこをぶつけたのだと気付くのに数秒かかった。
「ごめん！ ぶつかっ──」
「悪い！ ぶつかっ──」
同時に言って、同時に顔を上げる。
目が合う。そよ風がまるで踊るように、私たちの髪を撫でていく。
「……ふふ」
先に笑ったのは私だった。
ぶつけたところがじんじんと痛み出す。それでもなんだかおかしくて、身体を揺らして笑った。
神童はそんな私を見て、初めは驚いているようだったけれど、もう一度目が合うと同じように吹き出したのだった。
＊
「私さ、神童のこと妬んでたんだ」
帰り道。私はそう切り出した。
神童が驚いてこちらを見るのが気配でわかる。急に自分のことを妬んでいたとカミングアウトされた人の反応としては当然だった。
「サッカーは小学生の頃からやってたんだけど……雷門中に入って、神童と再会して」
街の喧騒が、どこか遠くに聞こえる。太陽が西の空に沈もうとしている。
「なんてすごいプレーをするんだろう、なんてすごい統率力を持っているんだろう、って。手を伸ばしても届かない、雲の上の存在みたいに見えてた」
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
