357 共に戦う ページ50
不思議なことにどう頑張っても、どんな声だったのか思い出せない。
チームの誰の声にも当てはまらないのは確かだ。じゃあ一体誰なのだろう。頭の中に直接響いてくるような、不確かな声は──
「さすがに少し疲れたな」
神童の声に我に返る。
辺りはもう暗くなり始めていた。太陽が沈んだせいか、先ほどまで感じていた熱い感情は、今は熾火のように落ち着いている。
「そうだね」と返事をする。しばらくお互い何も話さないまま、数分ほど歩いた。
どこかの家から、ワンワンと元気な犬の鳴き声が聞こえてくる。神童はそれを合図にしたかのように、ゆっくりと口を開いた。
「本当に、戦うのか」
神童の表情は、ともすれば苦しげにも見えた。私は黙って続きを促す。
「反対してるとかじゃないんだ。ただ……さっきの試合でラフプレーを受けたAを見て、腹の底が冷たくなった。ああいうのは毎回起こることじゃないが、それでも……」
「もしかして、心配してくれてるの？」
ちょっとだけ身を屈めて神童の顔を覗き込む。悩ましげな表情がそこにはあった。
試合中に私が負った怪我を、神童は自分が負ったもののように思っていてくれていたのかもしれない。
私は重苦しくなりかけた空気を振り払うように、わざと明るい声で言った。
「大丈夫だよ。私こう見えても丈夫だし、ちょっとやそっとじゃ挫けない」
虚勢ではなかった。ほんの少しだけ強がってはいたけど、それでも粘り強さには自信がある。
「それに一人で背負い込むことも突っ走ることもきっとしない。だって隣に神童がいるんだもん」
そう言ってしまってから、私は耳が熱くなるのを感じた。今のはちょっと……なんていうか、恥ずかしいセリフだったかもしれない。
だけど神童は私の内に秘める決意を感じてくれたのか、口元に笑みを浮かべた。
「そうだな。じゃあ俺も、Aに背中を預けることにする。一緒に戦おう。みんなを、サッカーを取り戻すために」
私もつられて笑みを浮かべる。神童に、プレイヤーとして認めてもらえたのが嬉しかった。
私たちはどちらからともなく、街灯の下で握手を交わした。恋人同士で手を繋ぐのとは違う、仲間としての絆が二人の間に生まれたのを確かに感じた。
いつもの交差点で別れる。神童は、家まで送ろうかと言ってくれたけど、お互いすぐに家で体を休めた方がいいだろうと思って断った。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
