333 最初の一歩 ページ26
どうしたものか、という空気が一同の間に流れた。
Aを取り戻したい思いに迷いはないが、そのためにこの影──子供を邪険に扱いたくはなかった。ましてや「お前が原因なのだからどうにかしろ」ときっぱり言ってしまうのも気が引ける。
『Aがいなくなったの、わたしのせいでしょ。わたしがどうにかしないと、Aはずっとずっとまっくらやみのまま』
わかってはいるが、踏み出せない──そういった様子だった。
不意にそれまで黙っていた神童が一歩前に出て、影の前にしゃがみ込んだ。まるで目線を合わせるかのように。
「君は、Aのことを大事に思っているんだな」
影──おそらく少女──は首を傾げた。
『なんで？』
「だってそうじゃないと、Aがいなくなったことに責任を感じたりしないじゃないか」
Aから生まれたこの朧気なものは、はっきりとした像を結べないほどあやふやな存在なのだろう。だが内にある思いは確かなものだと神童には思えた。
少女は言われたことをうまく理解できていない様子だったが、神童は構わず続ける。
「俺たちにできることがあったら手伝う。だから──ほんのちょっとだけ、勇気を出してみないか」
飾らない、短い言葉だった。幼児にもわかるような砕けた言い方。
少しの間を空けてから、少女は小さく頷いた。その表情は、相変わらず読めない。
この少女は、誰かから手を差し伸べられるのをずっと待っていたのではないかと天馬は感じた。
捻れた時空の中で、ずっと一人でここに座っているのは……すごく心細かったのではないか。そう思わずにはいられなかった。
少女はベンチから立ち上がって歩き出す。並んでみると、その身長は天馬の半分ほどしかなかった。
一同はその後を追う。少女はフィールドを突っ切って、幼いAの前に立った。Aの顔をじっと見つめる少女に、フェイが問いかける。
「どうやって戻るの？」
『ふわってういて、ビュッてなかにはいる。それからぐるぐるまわって、Aのところにもどる』
幼児らしいユーモアのある表現に、それまで強張っていた天馬たちの顔に自然と笑みがこぼれた。
もし失敗したら──とは、誰も言わなかった。今自分たちにできるのは少女の言葉を信じて、その小さい背中を押してあげることだけだ。
たったそれだけのちっぽけなこと。しかしこの行動がなくば、本当のAは取り戻せないままだろう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 173人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
