334 正された歴史 ページ27
「待って」
そのとき不意に天馬が声を上げた。
Aに向き直っていた少女はゆっくりと振り返る。天馬はそんな少女に目線を合わせて言った。
「もしまた会えたら、一緒にサッカーしよう！」
突然の言葉に、その場にいた全員が一瞬虚を突かれた。
しかし数秒後には互いの顔を見合わせて笑う。なんとも天馬らしい誘いだと思った。
『さっかー？』
「うん。サッカーってすっごい楽しいんだよ。ここにいるみんなと、あと他のメンバーたちも一緒に！」
おそらく目の前にいる存在は人間ではない。しかしそんなのは大した問題ではなかった。一緒にサッカーができたら、寂しい感情もなくなるだろう。そんなシンプルな考え故の誘いだった。
紫黒色の影は何も言わなかった。ただ天馬の目には、少女が微かに微笑んだように見えた。
少女はモノクロのAに抱き着くような仕草をした。すると次の瞬間、影は瞬く間に霧散してしまった。
天馬たちはその不思議な光景をただ無言で見つめていた。あまりに一瞬のことで、別れの挨拶すらできなかった。
少女は結局、Aの何だったのか、どのようにして生まれたのか──そういった肝心なことは聞けずじまいだった。
とにかくこれで少女はAの中に戻ったはずだ。本来のAは本当に戻ってくるのか……そう思った数秒後、信助と神童の頭の中に、再び記憶の奔流がやってきた。
それは先ほど、剣城兄弟のインタラプト修正が完了した時に現れた感覚と同じものだった。
「あ、思い出せる……A先輩のこと！」
「よかった、元に戻ったんだ！」
天馬は、信助から神童に視線を移し、ハッとした。彼方を見つめる神童の瞳は、微かに揺れていた。
「A」
神童は無意識にAの名前を呟いていた。
Aの顔が、声が、触れた手の体温が……一気に押し寄せてくる。
なぜ忘れたままでいられたのだろう。歴史改変のせいだと頭ではわかっていても、大切な人のことを忘却していた自分を心の中で責めた。
Aに会いたい、もう一度触れたいと強く思った。もう何年もAの顔を見ていないような心地がした。
「戻ろう。これで雷門サッカー部は本来の形に戻ったはずだから」
フェイが促し、一同はキャラバンに乗り込んだ。向かう先は本来の正しい時間軸。
神童はぎゅっと拳を握り締めた。Aの笑顔が、瞼の裏に何度も蘇ってきた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
