328 一枚の写真 ページ21
純は二人の知る純のままだった。左手には真新しい薬指が光っている。純の婚約相手というのは、今神童のことを教えているピアノ講師だった。
この時空でも変わらず純は、ホーリーロードの期間中雷門サッカー部に雑誌の取材で度々訪れていた。だから神童だけではなく天馬とも面識があった。
「お久しぶりです。すみません、わざわざ来てもらって」
「いやーこのくらいは朝飯前よ！ まあ初め言われた時はちよっと驚いたけどね、無事Aの部屋に潜入して目的の物を拝借するのは成功したよ」
結果的にこうして、A本人には無断でアーティファクトを貰い受けることになってしまった。
無事に歴史を修正したらこの事実もなかったことになるのだが、たとえそうだとしても二人の良心は少しだけ傷んだ。
「バイオリンが一番思い入れのある品だとは思うけどさすがに一瞬でバレるからさ、できるだけ小さくて目立たない物がいいなって思って。んでちょっと迷ったんだけど……これ」
純の差し出した物は、丁寧に透明なスリーブに入れられた一枚の写真だった。
神童はそれを見て息を呑む。そこに写っているのは五年前の神童とAだった。
神童は笑っているが、Aは口を真一文字に結んで、まるでこちらを睨みつけているかのように鋭い目をしている。これは──Aが一度挫折して弓を置くことになった、二人が初めて共演したコンクールの写真だった。
神童の頭の中に一つの記憶が浮かび上がってくる。
それは五年前、Aから『私、もうバイオリンしない』と、突き放すように言われた──実際突き放された──時から一ヶ月ほど後のこと。
突然自宅を尋ねてきたAは『この前はごめん。私またバイオリンやるから』と、無表情のまま言った。
その紫の瞳には、音楽を楽しもうとする色がなかった。このままじゃ終われないという強い意志だけがギラギラと光っていた。
「これ、小学生の時の神童先輩とA先輩ですか？」
覗き込んできた天馬の声に我に返る。天馬は興味津々と言った様子で写真を眺めていた。
「そうそう、二人とも可愛いでしょ？ 小学校の頃のなんだけどね。まあ、この時にちょっと色々あってさ。本人にとっちゃ、忘れられない思い出になってると思うからさ」
純はそう説明してから、神童の顔を見て肩を竦めた。
この時のAの荒み具合を一番よく知っているのは、同じ家で暮らしていた純だっただろう。神童はそう思って、頷いた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
