329 姉の願い ページ22
「最後に一個だけ確認してもいい？」
純は顔から笑みを消し、声色を少し低めた。
視線を真正面から受けた天馬は背筋を伸ばす。こうして見ると、姉妹だから当然なのだが、Aと純の瞳はよく似ていた。
「サッカーしてる時のAっていうのは──今のAより、ずっと楽しそうに笑ってた？」
短い問い掛けだった。
Aの笑顔は昨日のことのように思い出すことができた。天馬は迷いなく頷く。
「はい」
純はしばらく天馬の顔を見つめていたが、やがて肩の力を抜いて笑った。
「……そっか。ぶっちゃけ説明されたこと全部は理解できてないんだけどさ、今のあの子はなんだか苦しそうだから。本当は家族の私がなんとかしてあげるべきなんだろうけど、天馬くんたちに任せたい」
神童は、今この瞬間もバイオリンを弾いているのであろうAのことを思った。同時に、サッカー部マネージャーとしてのAの存在も。
二人のAは同じ世界に共存できない。ただ、どちらが良いとか悪いとかではなく──Aにとってのびのびと過ごせる世界が、誰にとっても一番いいのではないかと感じた。
＊
翌日。
優一がアーティファクトとして差し出したのは、古いサッカーボールだった。
「小さい頃はこのボールでずっと京介とサッカーをしていた」と零す優一の目は優しげで、しかしどこか寂しげでもあった。
神童はAのアーティファクトとして、昨日純から貰った写真をフェイに渡す。
この写真はサッカーとは関係ないものだが、正しくタイムジャンプできるのだろうか──と神童が疑問を口にすると、
「大丈夫だよ。本人の思いが込められていれば、問題ないはずだから」
とフェイは言った。
アーティファクトをキャラバンに設置しに行ったフェイは、ほどなくして天馬に呼びかけた。今すぐに出発する、と。
この場にいるのはフェイとワンダバの他には優一、神童、信助、天馬の四人だけだった。
「サッカー部のみんなを待つんじゃないの？」
「今タイムジャンプしないと、歴史の改変ができなくなるかもしれないんだ」
事態は一刻を争っていた。時空間の振幅波動が弱まっていたのだ。
少人数で出向かなければならないことに天馬たちは一抹の不安を覚えたが、覚悟を決めた。やるしかない。
まずは剣城兄弟の歴史改変を元に戻すため──六人を乗せたキャラバンは、過去の時空へ飛んだ。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
